第7話 初めてのバトル

 今度はシズネがシズカの前に立ち、ゴブリンを迎え撃つ。


「えっとー、モンスターには武器が無いから、基本はスキルで戦うんだよね。よーし、猫パーンチ!」


 傍から見たら、何ともナヨナヨとした一撃に見えるだろう。

 だが、れっきとしたワーキャットの攻撃スキル『猫パンチ』その威力はなかなかの物だった。


 ボゴッ!


 顔面に喰らったゴブリンは後方に吹き飛ぶ。


「すごい、敵のHPバーが半分になった!」


「おおー! 今のは見事にカウンターが決まったから、クリティカル判定ってところじゃない?

 実はシズネッチ格闘技の才能があるとか? ちょうど良い、こいつ一匹だけみたいだからシズネッチだけで倒しちゃってよ」


「お、おっけー。さあ、かかってこいやー!」


 内股で弱々しくもファイティングポーズをとるワーキャットのシズネ。


 ……相手が起き上がるまで待つのがシズネの戦闘スタイル。


 正々堂々としているようだが、実際一般人で格闘技の経験は無いのでマウントポジションをとるような発想はないのだ。


 ゴブリン偵察兵は手にナイフを持ちジリジリと距離を詰める。


 普段それほどゲームをやらないシズネだが、ゴブリンくらいは分かる。

 ファンタジーではお馴染みの雑魚モンスターで、子供の身長くらいの緑の生き物。


 だが、相手がナイフを持っていると知っただけでシズネは恐怖を感じた。


「シ、シズカちゃん。……ど、どうしよう。さっきは咄嗟の事だったから攻撃できたけど、ナイフを持ってる相手にどうやって戦ったらいいの? こっちは素手だし……」


 ナイフを持った相手は子供と大人の身長差があっても、それだけで力関係は逆転してしまう。


 もっともそれは現実での話だ。


「シズネッチ……。今のあんたはモンスターなんだよ? その全身が武器と言ってもいいくらいだ」


「そ、そっか。そうだった……よーし、どんどんスキルを試していこう!」


 シズネはスキル『ひっかく』を発動させる。


 スキルを意識することで自分の両手から爪が伸びる。

 果物ナイフくらいの長さがある鋭い爪。それが両手合わせて十本。


 対するゴブリンはナイフ一本だけ。


「よーし、これなら戦える、いくぞー! にゃー!」


 シズネはブンブンと両手を振り回す。

 ゴブリンは先程の猫パンチで警戒しているのか回避行動に専念している。


「うーん、見事に空振りしてるねー。これじゃ子供のグルグルパンチみたいだ……これは慣れるまで時間がかかりそうかも。

 ……だがしかし、今はそんなことはどうでもいい。

 このゲームの作り込み、実に良い感じの物理演算よ。

 動くとちゃんと揺れるんだから。……今さら何がとは言わんがな、ぐへへ」


「ちょっと、シズカちゃん! 変なこと言わないでよ!

 ……それよりもどうしよう! 全然当たらないよ!」


 さすがに埒が明かないので、シズカは真面目に答える。


「うーん、そだねー。だってシズネッチさっきから腰が引けてるよ?

 せっかくワーキャットなんだからさ、猫らしく相手に飛び掛かってみたらいいんじゃない?

 その全身の毛皮だって鎧の役割をしてるんだし」


「でも、このゲームって痛覚があるんでしょ? もちろん大したことは無いって聞いてるけど、実際ちょっと怖いっていうか……」


「なるほど、……確かにあたしも最初はビビってた。

 でもなんてことないよ、お裁縫の時に間違って手に針を刺しちゃったときよりも全然痛く無いから。

 それでも無理なら痛覚軽減の魔法やアイテムを使えばいいよ」


 意外なことにシズカは家庭科の授業が得意だった。

 家庭的な淑女であるべきという実家の方針としては何も間違っていないが、普段のギャルファッションからのギャップは否めない。


「そっかー、ちょっとチクっとなら大丈夫そう。よーし、もう一回いくぞー!」


 シズネは今度は思い切り前へ踏み込み、伸ばした爪でゴブリンをひっかく。

 同時にゴブリンのナイフが自分の腹部をかすめた。


「痛っ! ……あれ? ほんとだ、これくらいなら全然平気かも」


「でしょ? コツは掴めたみたいだしガンガンいこうぜ!」


 …………。

 目の前には顔面をズタズタに引き裂かれたゴブリンの死体。


「シズカちゃん、これ食べたら進化できるみたいなんだけど……食べたほうが良いかな?」


「まあ、モンスターはそうだけど……まさか味覚設定ってリアルにしてないよね?」


「もちろんしてないよ。マイルド? 初心者推奨って書いてあったから。なんか問題あった?」


「ふう、なら安心したよ。

 親友がゲテモノ食いになったら心配じゃん。

 マイルド設定なら『かみつく』のスキルでガブッとあまがみすると、食べますか?

 って表示されるから、それにオーケーすれば食べたことになるよ。

 たしか捕食シーンはショートカットできるはずだから。


 もちろん実際食べてもいいし、味は結構美味しくアレンジされてるみたい?

 アタシはやったことないから分かんないけど、血だったらトマトジュースみたいになる感じなのかな? まあ美味しそうなモンスターなら食べてみたら?」


 実際チュートリアルクエストで食べたモンスターは美味しかったのをシズネは思い出した。

 だがその話はあえてしないことにした。

 やはりゲテモノ食いには違いないのだから……。


「そ、そっかー、シズカちゃんは詳しいね」


「おう、始める前に結構調べたしね。ちなみにゴブリンは食べない方がいいかも? 今レベル2でしょ?

 レベルカンスト状態で食べないと上位種には進化できないから、下手したら弱くなる可能性だってあるからね。

 ……それにもうちょっとワーキャットのシズネッチを堪能したいし……」


「堪能って、言い方……まあ、それには私も同感。もうちょっと猫ちゃんでいたいかなー」


「よし、残りのゴブリン偵察兵を全て倒すとしますか。

 複数でてきたら一匹になるまでアタシが処理するから。

 また一対一でやってみてよ。練習あるのみってね。

 今度は四つん這いの姿勢から思いっきり体のばねを使って猫パンチしてみたら?

 動きによってはクリティカルヒットが出やすい場合があるみたいだし。それに私も見てみたいし、ぐへへー」


「もうシズカちゃん。さっきからそればっかり。変態さんみたいだよ」


「ふっふっふー、シズネッチの前では誰しもが変態になるのだー。でも真面目な話、カッコよく動けたら素敵じゃん?」


 たしかに一理ある。

 堂々と体を動かす運動部の女子は格好良い。シズネにとって憧れの存在だ。


 そう、恥ずかしいと思うから嫌らしい目で見られるのだと、改めて思うシズネであった。

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