第2話 キャラメイキング

 シズネは朝食を終えると自分の部屋に戻る。


 今日から夏休み。

 両親も賛成してくれたし、もう後には引けないと、パシッと頬を叩き気合を入れる。

 

 今朝、父親が部屋まで運んでくれた段ボール箱を開封する。


 初めて見る、ヘッドギアの様な機械。

 健康診断で被るやつと似ているが、これはもっとスタイリッシュでカッコいい。


 ちなみにシズネはこういった本格的なゲームをしたことが無かった。


 小学生の時に授業で子供のゲーム依存症についてのドキュメンタリームービーを見て以来怖くなったのだ。


 精神病院にいるネトゲ症候群の若者達……幼いながらに恐ろしいと思ったものだ。


「でも、シズカちゃんがやってるんだ。悪い物じゃないよね、それにお父さんもお母さんも良い事だって言ってくれたし」


 シズネはベッドに横たわりヘッドギアを被ると電源を入れる。


【ようこそ、ここはフルダイブゲームポータルです。本格的なフルダイブの前に、まずはアカウント作成をしましょう……】


 利用規約の全文を真面目に読むシズネ。

 一時間はかかっただろう。 


【お疲れさまでした。カスガ・シズネ様のアカウント登録が完了しました。このままゲームを開始しますか?】


「は、はい。開始します。えっと、たしか、ヘルゲートアヴァロンだっけ?」


【了解しました。ヘルゲートアヴァロンへログインします。

 フルダイブMMOログイン後の疑問に関してはヘルプを参照ください。そして我々は全てユーザー様に節度を守ったプレイを推奨します。ではゲームをお楽しみください】


 デデーン! 突然のBGM。 


「わっ! びっくりした!」


 ゲームのオープニング画面『ヘルゲートアヴァロン』のタイトルロゴは、黒い涙を流す頭蓋骨のドアップで始まった。


(シズカちゃん。やっぱ何か悩みがあるんじゃ……)


 余りにもグロテスクなオープニング画面を見て、普段バイオレンスな作品を見ない箱入り娘のシズネとしては、親友であるシズカの心の闇を心配したのである。


【ヘルゲートアヴァロンの世界へようこそ。

 まずはゲームを始めるにあたって、職業を選択してください】


 キャラクター選択画面に移行する。


・悪魔を倒すべく古代より存在する教会勢力の『テンプラー』に『プリースト』。

・教会勢力とは敵対している魔術協会、及び暗殺ギルド連合の『ソーサラー』に『ローグ』。

・どちらの勢力にも所属しない中立の科学技術学会企業連合共同体の『マシーン』に『モンスター』。


「なるほど、6つから自分の職業を選べるんだ。それに背景情報とかも面白そう。なんかファンタジー小説みたいだし」


 シズネは各職業のデータを読む。


 スキルの仕様から、その成り立ち、ゲームの設定まで詳しく。

 そう、彼女は良く言えば真面目だが、どんくさいところがある。文章があったら隅から隅まで読み込む性格であるのだ。 


「うーん、どれにしよっかなー。ソーサラーは捨てがたいけど、アバターのスタイルが良すぎだし美人が過ぎる。

 自意識過剰だって思われちゃうかも。

 それに比べてプリーストはやや地味目で私にはあってると思うけど、シズカちゃんはたしかプリーストをやってるって言ってたから職業が被るのは良くないよね。

 テンプラーは味方の盾になるのが仕事か、どんくさい私には無理かも。ローグは上級者向けって書いてあるし……うーん。

 マシーンはレベルが上がらないとか意味わからないし……。


 ……そうだ! どうせならモンスターになろう。

 お母さんは言ってた、男の子はモンスターだって。物おじせずに堂々と喋るには対等な存在にならなくっちゃ!」


 シズネには目標があった。一つは人見知りが治ること。

 そして、できれば男子に対して堂々と喋れるようになることである。


 学校では、いつもシズカが男子との会話で助けてくれている。

 だが、このままでは一生人見知りが治らないと思っていたし、自分の外見にも自信が無かったのだ。


 運動をすれば自信もつくとは言われていたが、運動音痴なのでそれは彼女の選択肢にはなかった。


 ……それにだらしない自分の体を見られるのには抵抗があるのだ。

 

 あれは中学生の頃だろう、体育の授業でマラソンをするシズネを、男子たちがニヤニヤしながら見ていたのは軽くトラウマなのだ。


「よーし、まずは身体的なコンプレックスを感じないモンスターにしよう。身体は関係ない、本来の自分として会話ができるはず。何事も順番だ!」


 という理由でシズネはモンスターを選択した。


 初期のアバターとして、ワーウルフにワーキャットの二種類が選択可能。


 どれも二足歩行の獣モンスターだが、大きな違いは顔が犬か猫の違いといったところだ。


「うーん、どっちかっていうと猫かなぁ。ちょっと可愛いし、女の子っぽいし私向きかな?」


【ワーキャットを選択しました。次に味覚設定を選んでください。―—リアル? or マイルド(初心者推奨)?】


「味覚? うーん、意味が分かんないけど、初心者だしマイルドっと」


【キャラクター名を登録してください】


「そっか、名前を決めないといけないんだ。うーん、急に言われても……じゃあ、シズネッチでいっか。シズカちゃんにも分かりやすいし」


【登録完了しました。お疲れ様です。現在、生体データーを分析中です。

 モンスターの職業はユーザー名、シズネッチ様の現実の生体データーを参考に最適に進化するように設計されております。

 もちろん、収拾したデーターは本ゲーム以外に流用しません。詳しくはヘルプ、個人情報の取り扱いについてのガイドラインを参照してください。

 ……追加情報。

 バージョンアップに伴うモンスターの進化系統に修正パッチが入っています。

 現在試用期間中ですが、シズネッチ様は適用なさいますか?

 いくつかのプロンプトを入力することでモンスターの進化系統にある程度の方向性を持たすことが可能です。

 また、キャラデザインもユーザー様の希望にそった形で最適化されるようになります】


「うん? なんかいきなり難しい話になった? 修正パッチって事はとりあえず適用したほうがいいよね。

 ……よくわかんないけど。まあ、あとでシズカちゃんに聞けばいっか。

 でもモンスターも進化するんだ。私も進化したいなー。

 そうだ、このゲームを始める動機、自分のコンプレックスをなくすこと。

 最終的には男子達とも面と向かって喋れるようになることだけど……。

 ハードだなぁ。まあ、そのためなんだ、まずはコンプレックスを解消しなきゃ。

 シズカちゃんの言うとおり、どうであれにもっと自信を持たなきゃ。としてで堂々としたい。

 でも、結局モンスターを選ぶんだから、結構深刻かも……」


【ありがとうございます。シズネッチ様、プロンプト入力完了いたしました。得点としてランダムアイテムボックスを進呈します。

 ――ヘルゲート・アヴァロンの世界へようこそ、これからの冒険に幸あらんことを――】


 この時のシズネは知らなかった。このプロンプト入力によってどういう進化をもたらすのかを……。

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