第3話 魔族の姉妹3

「さぁ、2日目ですよ」


 ファンタジー異世界滞在2日目。


「今日はイクちゃんと2人で村や周辺の散策をする予定」


 僕のこの異世界探索はターゲットを決めてその人を観察するって感じにしている。

 今回は最初に出会ったミヨさん、イクちゃん姉妹をターゲットに決めた。


『あれ? ミヨさんは一緒じゃないの?』


 うん、ターゲットを2人にしたのになんで1人かってことなんだけど。


「残念ながらミヨさんは用事があるらしくてね、あの人間と一緒に仕事をしに行くんだって」


 その間、イクちゃんが1人になるから任されたってわけ。

 こんな初対面の得体の知れないやつに任せるとか正気か? と思わなくもないけど、まぁ今回は都合がいいから不問ってことで。


「明日はミヨさんの方を追跡しようかな?」


 やろうと思えば、強引にミヨさんの方を追うこともできたけど、今日はイクちゃんの方にフォーカスすればいいやって判断。


『まぁ、現地の人に逆らってもあんまり良いことないからね』

『でも、敵対するところはするんでしょ?』

『そらそやろ、基本自由に行動。それがナナちゃんのスタイルや』


 その通り、視聴者さんはわかってるね。

 だって、この世界は私の世界とはなんの関係もない世界なんだもの。

 誰かに迷惑をかける? そんなの知ったことじゃないよ。というのが僕の放送スタイルだ。


「というわけで、イクちゃん。今日の予定は?」


「は、はい。人間様……」


「それはやめてって言ったよね。人間様は駄目。ナナって呼んで」


「ナナ様……?」


「様もいらない」


「ナナ……ちゃん?」


 ちゃん……かぁ……


「まぁ、それで許そう。あと、敬語もいらないからね」


 元男としてはちゃん付けはちょっと複雑ではあるけど、そのあたりは慣れないといけない部分だからね。


「わかりま……わかったよ。ナナちゃん」


「うむ、よろしい。それで、改めて今日の予定は?」


「今日は村の外へ食料の採取へ行くよ」


「食料の採取?」


「うん、それがあたしのお仕事なの」


 へぇ、イクちゃんってまだ子供みたいに見えるのにちゃんと働いているんだなぁ。


「それじゃあ行こう。付いてきてね」


「了解」


 イクちゃんの後を付いて村を出て、森の中へと入っていく。

 イクちゃんは迷いなくどこかへ進んでいく、採取って言ってたしポイントか何かがあるのかな?


『森の中ってことは木の実とかかな?』

『きのこって可能性もあるぞ』

『山菜と予想する』

『森の中に野菜畑があるとか?』

『いやいや、村の中に畑あったから野菜ならそっちからでしょ』


 視聴者さんが予想をたてている。しかし、それは全て外れることになった。


「……見つけた。ナナちゃん、隠れて」


 突然イクちゃんが木の陰に隠れた。私も同じ木に隠れる。


「イクちゃん?」


「ナナちゃん、あれを見て」


 イクちゃんが木の陰から指で指し示す先には、一匹の動物がいた。


『あれは豚かな?』

『豚ってよりはイノシシか?』

『子供っぽいからウリボーっていうのが正しいかな?』

『えっ? まさかなんだけど?』

「ひょっとして採取ってあのイノシシ……?」


「うん、今日は獲物を見つけられて良かった」


 まじか……


『食材の採取……いや、それは狩猟やんけ』


 だよね。てっきり森の中の植物系を採るのかと思ってたよ。

 これ翻訳ミスだったりするのかな?


「ナナちゃん、ちょっとここでじっとしててね」


「えっ? あ、うん」


 言うが早いが、イクちゃんは木の陰から気配を消してウリボーに迫っていく。


『凄いな足音全然聞こえない』

『それどころか気配もなんか薄いように思える』

『動画越しに気配とかわかるか?』

『気配はわからんが、気のせいかイクちゃんの姿が揺らいでいるように見えるんだが?』

『そんな、人が揺らぐわけが……ってほんとやんけ』


 うん、僕の目から見てもイクちゃんの姿が揺らいでいるように見える。薄くなっている。


「そういえば、ファンタジー空間だったもんなぁ」


 気配を消す術とか持っててもおかしくなかったか。

 そもそもイクちゃんは、僕の世界にいるような人間じゃないのだ。


『でもどうやって倒すんだろ? イクちゃん素手だよね?』


 確かにイクちゃんは武器を持っていない。素手であのウリボーを捕まえるのかな?

 様子を見守っていると、イクちゃんは気が付かれないままウリボーに手が届く範囲まで近寄る。


「……今っ!」


「ぶぅっ!?」


「なっ!?」


『!?』

『!?』

『!?』


 一瞬の出来事だった。ウリボーが2つに分かれていた。

 私の目ですらギリギリだったのだ、放送を見てた人たちには何もわからなかっただろう。


「今、イクちゃんが手刀でウリボーの頭だけをキレイに切り落としました」


 若干目で見たことが信じられないけど、記録を見てみても間違いなく手刀だった。


『どんなパワーしとんの!?』

『この幼女やばすぎでは!?』

『見た目とのギャップがやばすぎてとんでもねぇんだが』

『グロッ!?』


 別れた身体からは頭を求めるように血が吹き出している。だけど、それがつながることは当然ない。


「よいしょっと! うーん、ちょっと小さめかな?」


 イクちゃんが身体を持ち上げる。そして僕の方を見た。


「採取成功です!」


 にこやかな笑顔だった。

 うん、いい絵だね。ウリボーの身体から血が吹き出してなければ。


『そっか、イクちゃんにとってはこれが採取なんだな』

『イクちゃんにとっては、単に草を刈っただけくらいの感覚なのか』


 あー、そういうこと? 翻訳装置が誤作動起こしているわけじゃなかったんだね。

 とりあえず、イクちゃんが強いことはよくわかったよ。


 ちなみに、聞いてみたところ、


「えっ? あたしはまだ半人前だからミヨ姉に比べたら全然だよ」


 なんて言っていた。

 種族全体が強くて、子どものイクちゃんはまだまだ弱い方らしい。

 ひょっとしてこの世界、イクちゃんたちの種族が支配してたりするのかな? 人間はその世話係的な?


 その後もしばらくあたりを探索して採取を続けた。

 最終的に獲物は、ウリボー1匹とウサギらしき生物が2匹。このウサギ角生えてるんだけど?

 ともかくイクちゃんが優秀なのはよくわかったよ。


「そろそろ帰るよ」


 イクちゃんがそう言うので一緒へ村へ帰った。


「採取したものを人間様のところに預けに行くよ」


 採取した獲物は村で共有するらしい。それを管理してるのがあの人間なんだとか。


「こんにちはー! 人間様! 今日のお肉を持ってきました!」


「おお! イク。よく来たね。こりゃ頑張ったね。偉いぞ」


 出てきた人間はイクちゃんの頭を撫でる。

 微笑ましい姿だ。イクちゃんの身体が血まみれなのは見なかったことにしておこう。

 採取してきたお肉を地下に保管し終えるとまた一緒に食事をすることになった。


「あれ? そういえば、ミヨさんはどうしたんですか?」


 確か朝に一緒に出かけたんだよね? 自分の家に帰ったとかなのかな?


「あー、それは……」


 人間はイクちゃんをちらっと見た。


「少しの間仕事をお願いしてね。しばらく村から出ることになったんだよ」


「えっ? 随分急ですね」


「ははっ、どうも先方に気に入られてしまったみたいでね。どうしてもと頼まれてしまったんだよ」


 それはまたまた……でも、イクちゃんが1人になるけど大丈夫なのかな?


「イクはまだ若いからね、しばらくはうちで面倒をみるとしようと思ってるよ」


 それなら安心なのかな? でも、イクはやっぱり寂しそう。


「ミヨ姉とは会えないんですか?」


「うーん……イクがもっと成長すればきっと会えるよ」


「そうなんですか? じゃあ、あたし頑張ります」


 ミヨさんが行った仕事、いったいどんな仕事なんだろうね?



「今日は疲れちゃったから先に寝させてもらいます」


 そう言って、イクちゃんが先に部屋へ引っ込んだ。

 そうして、僕と人間が二人きりになる。


「ふぅ……流石にあの子には寂しい思いをさせてしまったかな?」


 食事の間もやっぱり寂しそうにしてたからね。


「やはりイクと一緒に出荷すれば良かったかな」


 これは翻訳ミスだろうか?


「……ミヨさんはどんなお仕事に行ったんですか?」


 僕がそう聞くと、人間は不思議そうな顔をする。


「おや、君は知らなかったのかい? ミヨはもう年頃だからね。肉として出荷したんだよ」


 翻訳ミス……じゃないだろうなぁ。


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