第2話 ハイサイ


「匠ぅ~おはよー」

「あっ、えーと、ハイサイ」

「……はいさい?」

「えっ?」


友だちになった同じクラスの男子、比嘉十麻斗ひがとまとが不思議そうな顔でボクを見る。


「挨拶はハイサイなんだよね?」

「いや、言わないよ」


ハイサイは朝昼晩共通で使える挨拶する時に使う万能の言葉と両親が買った沖縄how-to本に書かれていた。だが、お年寄りでも日常では使わないそうだ(だいたい年寄りは「あいっ! 元気ねー」などと始まるのだとか)。使っているのは観光業の人とか本土から来た観光客をもてなす時くらいだという。


「そういえば昨日も学校の帰りに誰もバイバイとか、さよならとか言ってなかったような……」

「そうだね。『じゃあねー』とか男子だったら「明日あちゃーや」とかだね」

「さよならの方言ってあるの?」

「それはわんが教えよう」


二人で話していると、もう一人仲良くなった金城宗善きんじょうむねよしが話に入ってきた。


「さよならっていう意味の方言はねーらんしが」

「無いって言ってるよ」


十麻斗が宗善の方言のわかりくいところを翻訳してくれて助かる。


「さよなら」という言葉は沖縄の狭い土地と人との付き合いで、たとえ離れ離れになってもいつかまた会えるから、という考えから直訳できる言葉はないと親の代からなんとなく教わってきたそうだ。


その代わりに「失礼します」とか「またね」という意味で「んぢちゃーびら」や「ぐぶりーさびら」などがあるが微妙に意味が違うという。


「じゃあ、日常的に使っている方言ってあるの?」

「『あが』と『でぃー』はよく言うかも」

「どういう意味?」


質問するといきなり十麻斗が宗善の頭を叩いた。


「あがっ! やー死なすよ?」

「ぬー? おーるばー」


えっえっえっ?


何の脈絡があってこの状態に?

死なすって、言葉は強すぎるって。

ふたりがいきなり剣呑な雰囲気になって胸ぐらを掴み合う。


「ごめん、何言ってるかわからないけど、ケンカはやめよ?」

「「でぃ~~~っ!」」


えっなにその親指。

二人ともニヤリと笑いボクに向かって親指の拇印を押すような仕草を見せた。


「あが」は痛い。

「でぃー」は何か冗談を言ったりした後に使う「なんちゃって」みたいなニュアンスで使うそうだ。


ボクの隣に座っている女子が「その二人の話はあまり真に受けない方がいいさー」と言われた。


──じゃあボクはいったい何を信じたらいいのだろうか?









【うちなー辞典】

「でぃー」は若者言葉で年寄りには通じない(言ったら怒られる……はず)。地域によって「どぅー」や「りー」など様々で、隣同士の中学校出身でも呼び方が違ったりとまちまち。

ちなみに那覇市出身のガレッジセールのお二人は「どぅー」だそう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る