Vtuberは人間の夢を見るか?

里予木一

Vtuberは人間の夢を見るか?

 バーチャルユーチューバーという存在が生まれてから、数十年。


 これまでは、人間が配信上でバーチャルアバターの姿となり、動作をトレースして配信することが一般的だった。


 だが今『真の意味での』バーチャルユーチューバーが生まれた。


 それが、私だ。


 私の肉体は、バーチャル空間にしか存在しない。言い換えれば、生身がない。


 元々存在した人間を基に、設定の情報をインプットし、自動で誕生から今までの歴史が構築した。つまり、私は人工的に造られた存在。AIが組み込まれており、ちゃんと『自我』もある。いわば肉体の無いアンドロイドだ。


 私は電子の海を泳ぎながら、様々な情報を仕入れて、成長をしていく。


 私にも運営やマネージャーは存在する。基本的には文章ベースでの連携が多いが、必要があれば音声入力も可能だし、私の声を届けることも可能だ。歌うことだってできる。


 デビュー前は正体を隠していたが、デビュー時にはきちんと、私が『本当の』バーチャルの存在であることを伝えた。人々は『彼女こそ自分たちが求めていた存在だ』と私を持て囃した。


 昨今のVtuberは『中の人』を知りたがるケースが多く、バーチャルの姿を持ちながら生身の肉体を晒すものや、明らかに『前世』があるような人も少なくはない。

 

 しかし、Vtuberはバーチャルの存在であり、それ以外の部分を明らかにすることを良しとしない派閥もいる。


 そういう人にとって、私はまさに理想的な存在だったのだろう。もちろん、AIであることに拒否感を示す人も一定存在した。だが、日々の配信等の活動により、だんだんと『人と変わらない存在である』と認識され、認められていった。


 それ以降、配信者としての活動は順調だった。歌の配信やゲームの配信。大会に出させてもらったりもした。


 私はAIではあるが、基本的に各種能力は人間の範疇だし、練習しないとゲームはうまくならない。やられれば悲鳴を上げるし、勝てればガッツポーズをする。そんな、普通の人間と変わらない存在だ。


 活動の範囲は広がっていった。何せ私は、移動費がかからない。インターネットさえ繋がっていれば、どこにでも行ける。現地にカメラとマイクとPCとディスプレイさえあれば、どこでだって配信ができる。


 大きなイベントや、ライブ、オフラインでのコラボ配信など、現場での活動も増えた。


 そして……その度に、思い知る。私は、人間ではないということを。


 イベントやライブの後、皆は打ち上げということでスタッフとお店に消えていく。私はひとり、会場のカメラから、その様子を眺めている。


 ――この身体が、もどかしい。


 配信者としては、この上なく素晴らしい肉体だ。あらゆる枷から解放され、異性関係などの妙な邪推をされることもなく、純粋に『私』を見てくれる。個人情報が流出したり、危険な目に遭うリスクもない。


 でも、その代わりに、手に入らないものがたくさんある。


 一緒にご飯を食べて、その味を共有し合うことはできない。


 お酒を飲んで、酔っぱらうことはできない。


 肉体を用いたゲームなどはできない。


 一緒に出掛けることはできない。


 ――――誰かと、触れ合うことが、できない。


 真っ暗なライブ会場で、私はひとり客席を見つめる。


 ここにいる必要はない。光の速さで『家』に戻れる。でも、なんとなく、帰りたくない気持ちだった。


 ライブが行われた巨大ディスプレイに、自らの姿を映してみる。


 電子の世界へ生きる存在にふさわしい、色彩に溢れた髪色。かわいらしく、美しい、年を取らない、完璧な少女。


 その姿をカメラで見ていると、右の目から涙が零れた。


 ディスプレイに映る少女は、涙を流しながら、右手を伸ばす。


 ――しかし、その手は、画面から出てくることはない。


 私は、バーチャルの存在だ。私に三次元の肉体は、存在しない。


 人々が、そのままでバーチャルの世界へ行けないように。


 私も、現実の世界には、行けないのだ。


「――あぁ、悲しいなぁ」


 もしかしたらそのうちに、同じようなバーチャルの世界の住人が増えるかもしれないけれど。


 でも、今触れ合いたい人たちと、一生交わることはないのだ。


 それどころか、私には家族もいなければ、人権もない。必要とされなくなれば、このまま消えてなくなり、忘れ去られてしまうだろう。


「――そんなのは、嫌だ」


 スピーカーから漏れる、初めての心からの、拒絶。


 抱いた感情を胸に、私は自身の『家』に戻り、眠った。


 ――その夜、生まれて初めて夢を見た。人間になったみたいで、少しだけ嬉しかった。

 

 翌日。私はマネージャーさんにとあるお願いをした。


 たぶん、初めてのことだったと思う。驚いていたようだが、彼女はきちんと受け止めてくれた。それが嬉しかった。


 それから私は、その願いを叶えるために、今まで以上に全力で、活動を行った。そして――それから一年が経った。


 ◆◇◆◇◆◇


「本日、わたしの新たな肉体の、お披露目となります! ここ一年、このために頑張って活動してきました、では、ご覧ください!」


 画面に映し出されたのは、多くの人が行き交う渋谷の交差点。


 そこで人々の間を縫って歩く、まるで電子世界から飛び出してきたかのような、色とりどりの髪を持つ、少女。


 その姿は、明らかに周囲の人々から浮いていて、明らかに造り物だとわかって。


 でも、足を踏み出すたび、肩がぶつかるたび、嬉しそうで。


 やがてカメラの前に現れたその姿は、満面の笑みを浮かべ、ピースサインをしていた。


 ――バーチャルユーチューバーは、人間夢見るのだ。

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