第47話 牛鬼の依頼
「ある人間の女性を、助けてやって欲しいっす」
大地が真面目な顔つきになる。
「具体的に何を助ければいいんだろう。この事務所は一応妖相手なんだよ」
「ストーカーっす」
「それは、警察案件だね」
「でも、ストーカーは妖っすよ」
「それやったら、オレらの出番ちゃうの?」
人同士の揉め事ならば警察だと夏樹もわかっている。けれど妖が絡んでくるなら、夏樹たちが解決してやらないといけない。
「そう、だね」
所長は伸びた顎髭を撫でながら、頷いた。
「彼女、樋口
「妖に付きまとわれているっていうことかな?」
「人に化けてるから、何の妖なんかわかんねえっす。でも妖力びんびんに感じるんで、間違いなく妖っす」
「彼女と、君との関係性は?」
「顔見知り程度っす」
「本人から相談されたのかな? ストーカー被害にあっていると」
「いや。ツレに
「覚りか。なら、信憑性はあるか」
「所長、覚りって?」
夏樹の知らない妖が出てきた。
「俺たちが心で思ったことが、わかる妖だよ」
「そんな妖おるんや。便利そうな力やな。望んでることがわかるって」
「あいつはしんどいって言うてる」
「疲れると思うよ」
所長と大地に否定されて、夏樹はきょとんとした。
「人は意外に溜め込んでるからな。だから顔の見えないSNSは荒れやすいんだよ」
所長の言葉に、大地がうんうんと頷いている。
「そうなんや。SNSやらへんから知らんかった。簪の付喪神の時に役立った良いイメージしかないわ」
所長や冬樺と連絡を取るとき以外はあまり触らないようにしているから、夏樹はSNS系のものは見ていない。
「夏樹もスマホ持ってるやろ」
「うん。ついこの間、所長からもらった」
尻ポケットから、山室の依頼時にもらったスマホを取り出す。今のところ霊力を抑える石とセットで使い、挙動がおかしくなったことは一度もない。
「おお、ほんなら交換しようや」
互いに登録する。
「この件は完全に任せていいか?」
「大地が助けたったらええやん。ストーカーが人間やないんやったら、動けるやん。その子にアピるチャンスやん」
「オレは、そういう正義の味方みたいなもんは、性に合わへんから。夏樹に任せるわ」
ほな、よろしくと大地は帰った。
帰りは窓からでなく、階段を使ってもらった。
大地が事務所を出た直後に、不在だった冬樺が戻ってきた。
「霧のあんちゃんや」
「カマ吉、久しぶりですね、吉野から戻ってきたんですね。せっかくお土産送ってくれたのに、食べられなくてすみません」
「そんなんええねん。どっか行ってたん?」
「弓道場です。所長のお知り合いの方に、弓を教えていただいてるんです」
「霧のあんちゃんは飛び道具の練習か。これから戦力になるんやな。ワシも鍛えなあかんな」
カマ吉は鎌を出して、仮想敵を相手にしゅしゅっと振りだした。
「今、階段でチャラそうな人と会いましたが、依頼人ですか」
その言い方が大地にぴったりで、
「チャラそう。たしかに、大地はチャラそうやな」
夏樹は思わず笑ってしまった。
その日のうちに、樋口萌奈のコンパ時の写真と簡単なプロフィールが送られてきた。
奈良女子大学の三回生で、大学の寮に住んでいる。
実家は島根県の出雲市。旧家の次女で、父親は町議会議員とのこと。
ストレートの黒髪を肩の下まで伸ばし、半分ほどの毛束を頭の中央でくくっていた。
「学級委員長というよりは、図書委員という感じでしょうか」
「仕切るタイプではなさそうだな。教室の端の席で、読書を楽しんでいそうだ」
写真を見た冬樺と所長が、樋口萌奈の印象を口にする。
夏樹は少し前、大地に会いに行った時に、聞いたことを話した。
「しぶしぶ参加したコンパで、空いた皿下げたり、店員呼ぶの上手かったって、大地話してた」
「気配りの上手な子なのかな。さて、どうやってストーカーをつきとめるかだが、まずは本当にストーカー被害に遭っているのかを確認しないとな」
「オレらが尾行したらええんちゃう?」
所長が悩んでいるようだから、夏樹は思いつきを口にした。
「僕たちが怪しまれますよ。それに怖がらせてしまいかねません」
冬樺に即、却下される。
「それもそうやな。ほんなら、冬樺が妖の姿になって、見張るっていうのは?」
「人を便利な道具扱いしますね。言っておきますが、僕は自在に姿を変えられるわけではないですからね。新月は終わった所で、僕は今、人間に向かっている最中ですから」
心を開いてきてくれていると思っていたのに、冬樺の言い方は変わらず冷たい。
「そうやったな。女子大やったら潜入もできひんし、どないしよか」
「ワシ、見張っとこうか」
三人が、一斉にカマ吉に目をやった。
「ワシやったら、怪しないし、怖がらせへんで」
たしかに、ちょこんとソファーに乗っている姿は、かわいいしかない。
「でも、人によっては小さくても動物は苦手って人おるやん。この人大丈夫かな?」
「岩倉さん、何を言っているんですか? カマ吉の正体を忘れていませんか」
「あ、そうやった。あまりに普通におるから忘れてた。カマイタチは霊感のある人間にしか見えへんやん」
「適任ですね」
「そやな」
夏樹、冬樺、期待のこもった視線のカマ吉に見られて、所長が困ったように髭をさすった。
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