第45話 結婚パーティ当日&翌日

「おいおい、物騒だな。奈良の人間は観光客を追い払うのか?」

「観光客は拒否らへんよ。おまえは観光客ちゃうやろ。いやがらせしにきただけのくせに」

 駅の二階に移動して、夏樹と手形傘はにらみ合う。


「いやがらせ? 人聞きの悪い言い方をするなよ。俺様はたまたま奈良に来ただけだ」

「新月の日は来んといてってお願いしたやろ。おまえは了承した。約束破ったんはおまえや」


「新月だったっけなあ。うっかり間違えたな」

「間違えた言うんやったら、今日は別の場所に行って。京都でも大阪でも神戸でも、関西は見どころいっぱいあるやろ。奈良は明日にしてくれ」


「明日は帰るからなあ。奈良観光させてくれよ」

「奈良の何を見に来たんや」


「あん? それは、あれだよ。何て行ったっけ。ほらあれだよ」

 人をおちょくるような薄ら笑いが、夏樹を余計にイラつかせる。それに自分が住んでいる土地をバカにされている気もした。


「出てけえへんってことは、興味ないってことや。奈良やなくてもええやろ」

「うっせえな。おいガキ。俺様がどこへ行こうが、俺様の勝手だろうがよ」

 夏樹がしつこいからか、手形傘がイラついた声を上げる。


「今日だけはやめてってお願いしたやん。約束守らんのなら、渡したお酒とお金返して」

「あるわけねえだろ」


「わかった。もうええから、とりあえず奈良から離れろ」

 話し合いにならない。手形傘がのらりくらりとかわすので、怒りのぶつけどころがない。それでも、暴力に訴えることはせずに夏樹は堪える。

 西大寺駅は乗換駅で、駅ナカショッピングモールもあるため、人がとても多い。


 夏樹がイライラしているのがわかったのか、冬樺が「手形傘さん」と口を開いた。

 冬樺の存在に気づいていなかったのか、手形傘が初めて視線を落とした。


「あなたは一度約束したことを、破るということですね。契約違反になるので、幽世から朝比奈和尚さまに来て叱って頂きましょう」


「え……ちょっと待て。あの坊主、幽世にいるのか」

 和尚の名前が出ると、手形傘がうろたえ出した。


 朝比奈和尚は、たしか手形傘を天から引きずり下ろして捕まえた、一蓮寺の住職だった方だったよな、と夏樹は記憶を探る。

 幽世にいる話は初聞きだけど、所長からの情報だろうか。それとも、嘘?


 どっちにしても、手形傘は会いたくないだろう。


「お忙しくされているそうですが、事情を話せば来てくださるでしょう。負けたあなたが勝てますかね」

 体は小さくても、妖力が少なくても、冬樺は頭が良い。


「ちっ、わかった」

 弱点をつかれた手形傘は、舌打ちをした。

「仕方ねえ。大阪にでも行くか」


 奈良に行くのは諦めてくれた。でも、夏樹にはその言葉が真実とは思えなかった。

「オレも一緒に行くわ」


「はあ? ついてくるな」

「おまえは信用できひん。しばらく一緒に行動する」


 再び舌打ちをして、「好きにしろ」と諦めるように首を振った。

 手形傘を連れて難波に向かう電車に乗る。

 車内では、おかしな動きをしないように夏樹はピリピリしながら見張っていた。


 雨雲はついてきている。

 小声で冬樺に見張りを頼んで、スマホを触った。

 奈良市の天気、くもり。

 晴れては欲しいけど、今、雨が降っていないのは良しとしよう。


 20分ほどで難波に着いた。

 改札を出て、エスカレーターを上がる。


「おい。どこまでついて来る気だ」

 巻かれないように、手形傘の後ろについて歩く。


「おまえが駅に戻らへんように、監視しとく」

「うざってーな」

 煩わしそうにしながら地下街をぷらぷらと歩いていく。目的はないのだろう。


 夏樹は難波にはほとんど来ない。だから今歩いている場所がどこで、この先に何があるのわからない。手形傘と別れたあと、駅に戻れるだろうか。

 まあ、冬樺がいるからなんとかなるか、とポジティブに考えた。


「あ、電話や」

 会場で警備をしている所長から、電話がかかってきた。


「日和坊が春日山に来てくれた途端に、雲が割れて、青空になったよ」

「ほんまに? 良かった」

 嬉しい報告だった。冬樺に伝えると、よしと言うように、頷いた。


「予定どおり、式は12時にスタートした。もうしばらく見回り頼むな」

「それやねんけど」

 手短に、今の事情を話す。


「わかった。気をつけろよ」

 電話が切れた直後、写真が届いた。


「残念やったな。奈良は快晴や」

 手形傘の背中に声をかけた。


「うるせえ」

 振り返ってまで文句を言う手形傘に、スマホの画面を向ける。


 所長から送られてきた写真を見た手形傘が、ふんと面白くなさそうに鼻を鳴らして、再び歩き出した。


 冬樺にも写真を見せた。

「だから言ったじゃないですか」

 自慢気に言う。


 夏樹は腰を屈めて、冬樺に左手の拳を突き出した。

 一瞬迷った冬樺は、夏樹の拳にポンと肉球を当てた。


 以前は振られたけど、今回は一緒に喜びを分かち合ってくれた。

 内心でやったと喜ぶ。


 夏樹はスマホを戻して、もう一度写真を見る。

 真っ青な空を背景に、真っ白なウェディング衣装の新郎と新婦が、愛を誓いあっていた。


 *


「おはようございます。いろいろとありがとうございました」


「初めまして。今井、じゃなくて山室奈々美と言います。航大くんから全部聞きました。お世話をかけてしもて、すみませんでした。お陰様で、気持ちの良い青空の下で結婚式ができました。ありがとうございました」


 昨日結婚パーティを開いた山室夫婦が、東京に戻る前に事務所にやってきた。

 今日はまた、小雨が降っている。


「あたし、何も聞かされてなかったんですけど、航大くんが何かやってるんはわかってたんです。サプライズでも仕掛けようとしてるんかなあって、知らんふりしてたんですけど、まさか青空がサプライズやなんて、思ってなかったです。皆さん大変やったでしょう。これお礼です。食べてくださいね」


 バナナ型のケーキ、味のついた海苔、ジュースと奈々美さんは袋から箱を取り出しながら、箱の中身を喋ってテーブルに並べていく。


 奈々美さんの話すいきおいに、夏樹も所長も何も言えない。

 冬樺はまだ妖姿のため、少し離れたところにいる。


「昨日、こっちに来る時に、航大くんが知り合いにお土産買うって言うて。年齢きいたら若い男の子が二人おるっていうから、いろいろ買ってきました。今日は若い子ひとりですか? お兄さんがいてはるんやったら、お酒買ってきたらよかったね。あれ? かわいい子おるやん。あれあれ?」


 奈々美は妖姿の冬樺を見つけると、さらにテンションを爆上げして、冬樺に突進していった。


「めっちゃかわいいやん。ワンコ? キツネ? 触ってもいい? もふもふやあ。気持ちいい」

 声を出していいものなのか冬樺は迷ったのだろう。返事をする前に奈々美さんにモフられた。


「元気で、明るい方ですね」

 所長の人物評に、夏樹はうんうん頷きながら、「あと、めっさ関西人って感じ」と付け足した。


 奈々美は30代になるかならないかぐらいの年齢で、ショートヘアがよく似合っていた。

 事務所にやってきたときから浮かべている笑顔はとてもチャーミングで、人を惹きつける魅力を持っている。

 しかし、冬樺にちょっかいをかけている姿は無邪気で、子どもっぽい。


「抱っこしていい? いいやんね」

 しかし押しの強さは関西人だ。


 冬樺は抱っこされて、連れてこられて膝の上に乗せられ、またモフられている。

 奈々美さんは、きゃっきゃうふふと楽しそうな声を上げていた。


「彼女は動物が大好きで、今は仕事が忙しいので飼っていないのですが、いつか飼いたいねと話しているんです」

 奈々美を見つめる山室は、初めて事務所に来たときとは真逆の、とても穏やかな表情をしていた。


 幽世をも巻き込んで大きな事態になったけど、仲の良さそうな二人を見ていると、報われて良かったなと、夏樹は思う。


 所長も冬樺も、今回はだいぶ疲れたようで、パーティが終わったあとはぐったりしていた。


 今朝、報告を兼ねて、それぞれが経験したことを話した。

 冬樺は非日常を味わったらしく、珍しくお喋りで、興奮していた。

 朧車タクシーは夏樹も興味をそそられ、いつか乗りたいなと願った。

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