第31話 国府田くんは誘拐される
翌朝、国府田は外で寝ていたところを発見され、寮の自室で謹慎することになった。
国府田はベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めていた。頭の中に霧がかかっているようだった。何も考えることができない。
事件の続報が様々なメディアから出てきていた。川屋は殺人と死体遺棄の容疑で逮捕されたようだった。事件の発端は校内の『いじめ』だ、と多くのメディアが記していた。校長が記者会見をしている映像もあり、校長の憔悴した姿には罪悪感を覚えた。
SNS上では川屋の名前が出回ってしまっていた。国府田の時と同じように、校内の誰かが暴露したのだろう。多くの生徒たちは何の事情も知らないはずだが、あること無いことが様々、投稿されていた。暗くて、いつも1人で、何を考えているか分からない生徒だという意見が多いようだったが、過激なものもあった。
『女顔というか、マジ女って感じの顔。事件の原因はホモ同士の痴情のもつれ』
『Iが消えた後、次の男見つけてたよね』
国府田は画面を閉じた。苦痛に耐えかね、体を丸めて唸り声をあげる。
なぜ川屋が侮辱されなければならないのか。無責任な投稿をしている一人一人を見つけ出して痛めつけてやりたい。しかし全ては自分が引き起こした事態だと思うと、憎しみが行き場所を失って国府田の中で暴れ回った。
罪悪感で気が狂いそうだった。国府田が石井を殺さなければ。川屋を巻き込まなければ。川屋の意図に気付いていれば、こうはならなかった。自分が川屋の人生を地獄に落としたのだ。川屋は國府田と関わらなければ、この先は男に生まれ変わり、過去から開放されて楽しい人生を送ったに違いなかった。その可能性を潰してしまった。
川屋を救わなければならない。その思いは国府田の中でどんどん膨れ上がり、限界を超えて破裂した。
川屋を冤罪から救うには、本当の犯人である自分が自首するしかない。国府田はそう結論付けた。
国府田はスマートフォンの着信履歴から電話をかけた。長いコールの末、相手が出た。
『君からかけてくるとは意外やね』
相手の声には緊張が感じられた。
「佐々木さん、突然すみません。都合が悪ければかけ直します」
『いや、大丈夫や』
佐々木刑事の声にはいつもの明るさがない。国府田は不審に感じたが、今は細かいことを気にしている場合ではなかった。
「石井さんの件、今さらで本当に申し訳ありませんが、本当のことを話したいんです」
電話機の向こうで、佐々木はかなりの間、迷ったようだった。長い沈黙があった。
『わかった。待たせて申し訳なかばってん、明日でも良かか? 非番やけん、いくらでも時間のあるばい。日曜日やし君も出て来やすかやろ』
「分かりました」
国府田ははやる気持ちを抑えた。本当は今すぐに全て話してしまいたかったが、仕方がない。実際のところ、国府田が自首しただけで川屋が開放されるのかどうか、国府田には自信がなかった。佐々木の助言は必要だ。
『じゃあ、学校の近くに迎えに行くけん。あ、すまんばってん』
佐々木は少しの間を作って、続けた。
『他の人には聞かせられん話やろ。できれば、誰にも言わず、誰にも見られずに出てきてほしか。できるやろか?』
「可能です」
国府田は即答した。
「ありがとう。それじゃ明日また連絡するたい」
佐々木はそう言い終えると、国府田の返事を待たずに電話を切った。
国府田はスマートフォンを放り投げ、ベッドに体を預けた。頭の中の霧が晴れてきたような気がした。最善の選択をしているという確信が、国府田に安心感をもたらしてくれた。
翌日は雨が降った。傘に隠れれば人目につきづらい。国府田にとっては幸運だった。国府田は佐々木からの連絡を待ちわびた。
幸い、9時過ぎには佐々木から連絡があった。細かい待ち合わせ場所を指定され、奥まった小道で佐々木の車に乗り込む。午前10時頃のことだった。なんとなく佐々木は高級車に乗っているイメージを国府田は持っていたが、意外にシルバーのコンパクトカーだった。
車に乗るとすぐに、身をかがめるよう指示をされた。警戒しすぎではないかと思ったが、佐々木にも色々と立場がある中で、リスクを負って国府田の話を聞こうとしてくれているのだ。国府田は素直に協力した。
「本当は何があったとか、だいたいのことは想像ついとるよ」
佐々木はぼそりと言う。
「ばってん、こちらも慎重に聞かんとでけんけん、話しやすか場所に移動するばい」
「分かりました」
佐々木はそれきり、口を閉ざした。車のミラーに写る表情は、少し悲しそうにも見える。今まで頑なに嘘をつき続けてきたのだから当然か、と国府田は納得した。早く話してしまいたい衝動を抑え、黙って到着を待った。
20分ほど移動し車を降りると、山中の廃工場らしき場所に到着していた。建物の塗装は剥げ落ちており、鉄の柱は錆びきっている。長い間、使われていないと思われた。
「ここやったら誰も来んけん、何でん話してくれてよかよ」
佐々木は国府田に手招きをする。
国府田は佐々木とは反対方向に走った。ここは話し合いをする場所には見えない。自分の無用心さを恥じた。
敷地から出るより前に、国府田は佐々木に追いつかれて抑え込まれた。国府田は必死にもがき続けた。佐々木を殺してでも逃げ延びるつもりだった。
「国府田くん、違うとよ。これは君のためでもあるとよ!」
佐々木は国府田を制しながら声を張り上げた。
国府田は一旦、暴れるのをやめた。佐々木は国府田が話せるよう少しだけ身を引いたが、逃げられないよう足を抑えるのだけは維持していた。
「どういうことですか」
怒りを隠さない国府田に、佐々木は深く顔をしかめた。
「実は、君は殺さるるかもしれんところまで来とる」
若干の驚きはあったものの、国府田は概ね落ち着いてその言葉を受け止めた。この場所を見れば、自分が殺されるために連れてこられたことは想像がつく。
「誰にですか」
「まぁ、分かるやろ。君のことが死ぬほど嫌いな人たい」
すぐに該当する人物が思い浮かんだ。人の話を一切聞かない自己中心の権化、石井の父だ。
「放っといたら、良うなか連中ば使うて君ば殺そうちするとも時間の問題や。ばってん君が昨日、電話ばくれたけん、俺はチャンスやと思てこの場ばセッティングした。上手くいけば、君は殺されんで済む」
「どうして彼を逮捕しないんですか?」
国府田はなお怒りをぶつけた。
「そうやなぁ」
佐々木は渋面のまま首を傾げた。佐々木本人も良く分からないようだった。
「人間がどんなに体ば鍛えたっちゃ、車には敵わんやろ? それくらい、俺たちにはどうしようもない差っちゅうとがあるとよ。警察は法律があるけん警察でおらるる。法律を作る側の人には敵わんとたい」
佐々木は肩をすくめた。
「私にどうしろと?」
「彼もここに来とるけん、すまんが、会ってくれ。なんとか彼の怒りを静めてもらうしかなか」
国府田は佐々木の手を借りながら立ち上がった。2人とも泥だらけになってしまった。
「分かりました」
そう答えるしかなかった。辺りは四方が枯れ木に囲まれ、薄暗い山道は無限に続いている。逃げ場はない。
国府田は佐々木の後について工場に入った。佐々木が奥にある会議室らしき部屋の扉を開けると、石井の父親がパイプ椅子に座って待っていた。上下ともに地味なジャージを着ている。国府田は全身の肌が一気に粟立つのを感じた。
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