第26話 川屋くんは父親を殺した
学校に集まったパトカーを遠くに眺めながら、国府田は佐々木刑事の顔を思い浮かべた。このチャンスに、とことん調べそうだ。
隣を歩く川屋が渋面で声を上げた。
「悔しいなぁ~……ホント悔しいよ。あんな自爆テロある?」
「すみません、力及ばず……」
「いや、あんなことされたら僕だって何もできないよ」
川屋と国府田はパトカーから見えないように隠れながら、学校を抜け出していた。私服に着替えている。
警察が来ることを知った川屋は「とりあえず学校を抜け出そう」と言い出した。事件から3週間が経っており、何も見つからない可能性もあるにはあるが、警察もやっと調査ができるとなれば全力を尽くすだろう。
「最後の自由かもしれないからさ、ちょっと付き合ってよ」
川屋はそう言って、いつも通りに微笑んだ。
2人は最寄りの駅に到着した。大分方面の路線に乗る。石井の死体を捨てた時と同じ路線だった。
国府田は窓から見える山の景色を見ていた。紅葉が終わりに近付き、枯れ枝が目立つ。冬の訪れが感じられる。言いようのない寂しさを感じたが、目を離せなかった。
隣で川屋も同じ景色を眺めていた。小声で話し始める。
「実はさ、あの日からまだ1か月経ってないって知ってた? まだ3週間くらいなんだよ」
「もう3年くらい前のことのように感じます……」
「あの時はホントびっくりしたよ、真っ赤な顔で出てくるんだもん」
「それは嘘でしょう!? 川屋さん、ものすごく平然としてましたよ」
「えぇー? してないしてない! 驚きのあまり動けなかったよ」
「意気揚々と切り刻みに行ってましたよ。あんまり楽しそうにやるから、しばらく川屋さんのことを快楽殺人者だと思っていました」
「僕、そのことまだ許してないからね」
下らない話をしながら、当時よりも2つ先の駅で降りた。川屋から道端の花の名前を教えてもらいながら川沿いを歩き、やがて1軒の民家にたどり着く。
『川村』と表札が出ている。
「ここは……?」
「僕の家」
国府田はリビングに通された。川屋は「ちょっと待ってて」と言って奥へ言ってしまった。
寂しい雰囲気の家だった。長く人が住んでいないのだろう。ところどころ、床が埃で白くなっている。部屋の隅には古紙や段ボール箱が乱雑に積み上がっていた。家具は模様などは凝っていたが、大きな傷がついているものが多かった。飾ってある絵画にも破けている点がある。
ここで川屋がどのような幼少期を過ごしたのか、想像ができなかった。
「お待たせ」
川屋が足でリビングの扉を開けた。両手に何かを掴んでいる。
川屋は持っていたものをテーブルの上にばらまいた。複数の注射器と、白い粉末が入った袋、様々な錠剤などがテーブルの上に広がった。
川屋は錠剤を1つ手に取った。
「これを塚本くんに飲ませたんだ。水に溶かして、彼のペットボトルに注射器で注入してね。一発で効いて良かったよ」
国府田は顔が強ばるのを感じた。
「川屋さんも飲んだことがあるんですか」
聞いた直後、国府田は後悔した。答えを聞くのが怖かった。しかも答えを聞いてどうするつもりなのか、国府田自身も分からない。微笑む川屋から目が離せなかった。
川屋は頷いた。
「全部経験したことあるよ」
国府田は全身から汗が吹き出すのを感じた。胃の辺りに刺すような痛みを感じる。倒れ込みたい気持ちを必死に抑え、国府田は川屋を直視し続けた。
なんとか一言、絞り出す。
「分かりました」
それが精一杯だった。
川屋は軽く笑うと、部屋の端に置かれていた古新聞を持ってきて、テーブルの上に何枚かを広げた。そして錠剤をパッケージから取り出し、新聞紙の上にまとめ始めた。
国府田は黙ったまま目を見張っている。川屋は一瞬、国府田の様子を伺い、作業を中断して部屋を出ていった。
戻ってきた川屋は、手に金槌を持っていた。
「こっちをお願いしていい?」
川屋は金槌を差し出した。国府田は訳が分からないまま、それを受け取る。
「こっちとは……?」
「注射器を全部、砕いて」
そういうと川屋は、薬を新聞紙の上にまとめる作業に戻った。
国府田はやっと、質問する気力を取り戻した。
「川屋さんは何をしてるんです?」
「全部トイレに流しておこうと思って。これのせいで罪が増えたら嫌だからね」
国府田は一気に緊張が抜けていくのを感じ、大きくため息をついた。
川屋は首を傾げる。
「どうしたの?」
「最後に盛大に使ってやるぜ、的なことなのかと思いました」
「ああ、なるほど」
川屋は平然と裸の薬を掴み、国府田に差し出した。
「やってみる?」
「結構です」
国府田は川屋の手を押し返した。
「それがいいよ。僕ももう2度とやりたくない」
川屋は無表情のまま作業を続けている。
「僕だって好きでやってた訳じゃないしね。楽になりたいんだったら、もっといい方法あるよ」
「じゃあ、なぜこんな大量にあるんですか?」
国府田は注射器を砕きながら、率直に思ったことを口にした。パリン、と甲高い音が響く。
「これは僕の父親が使ってたんだ。もう死んだけどね」
川屋はいつものように、淡々とした口調のまま言った。
「僕が殺した」
国府田は思わず力を込めて金槌を振り下ろしてしまった。飛び散った破片を手に受け、軽く血が滲んだ。
薬の処分を終えると、太陽は既に山の端に触れ始めていた。
「暗くなる前に行きたい場所があるんだ」
そう言って川屋は外に向かった。国府田は川屋の後ろについて、川沿いの道を歩いた。
しばらく2人とも口を開かなかった。川の音だけが2人を包んでいた。真っ赤な夕日が眩しい。
やがて川屋が、国府田に背を向けたまま、独り言のように口を開いた。
「キミは凄いよね。あんなに酷い状況から、よくここまで押し戻したよ。尊敬する」
国府田は返事に困った。褒められるのには本当に慣れていない。
「私一人だったら、最初の事件で全て終わっていました。ここまで来れたのは川屋さんのお陰です。本当に、感謝しています」
「大したことはしてないよ」
「そもそも川屋さんは、何もしなければ無実だったのに、私のために犯罪者になってくれたでしょう」
川屋は返事をしなかった。国府田は黙って、その後ろを歩き続けた。
2人は道路を外れ、河原へと向かっていった。石の上をふらつきながら歩いて川の近くに到着すると、川屋は座り込んで川面を眺める。
「子供の頃から、この川が好きでさ。よくここで時間を潰してた」
国府田も隣に座った。流れの速い川だった。近くに来ると、さらに音が大きく感じる。周辺の家は土手の段差に隠れ、世界から隔離された場所のように感じられた。
しばらく黙って座っていると、川屋はつぶやくように話しはじめた。
「国府田くん。僕はね、元々、人殺しなんだよ」
一筋の風が川屋の髪を揺らした。夕日は既に沈み終え、辺りは急速に暗くなりはじめている。川屋がどんな表情で話しているのか、国府田にはよく見えなかった。
「驚かないんだね」
「なんとなく、想像はついていました」
「まぁ、色々見られちゃってるからね……」
川屋は少しずつ、幼少期のことを話した。
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