第23話 国府田くんはスマホを差し出す
国府田は念のため入院したが、深刻な怪我は無かった。顔はガーゼだらけになってしまったが、すぐに退院できそうだった。
川屋が置いていってくれた本を読んで過ごしていると、佐々木刑事が事情を聞きに来た。
「君はほんなこつ、よう巻き込まれるねぇ」
佐々木はそう言って笑っていた。
「はい……私自身にも問題はあるんだと思います」
「いやいや、そういう意味で言ったっちゃなかよ。君がそげん気にすることはなか。生きとって良かったたい」
佐々木があまり本題に入らないのが国府田は気になった。何をしに来たのだろうか?
その疑問は数分後には解消された。病室に、極めて会いたくない人物が現れた。石井の父親だった。
石井の父は無表情のまま、慇懃に口を開いた。
「教育委員会の者として、いじめに関わる暴力事件について詳しく話を聞きたいと思いまして。同席しますがよろしいですね?」
「どうぞ、どうぞ」
国府田が何かを言うより先に、佐々木が椅子を差し出した。
国府田は心の中で歯噛みした。ここは学校の外だ。しかも入院中の国府田には逃げ場がない。尋問するには好機だと思われた。
「さて、では改めて詳しか状況ば聞かせていただけますか」
佐々木は今さら礼儀を正した。
国府田は川屋との打ち合わせ通りの内容を話した。牧野が国府田に、川屋を校舎裏へ連れ出すように指示をし、国府田を黙らせた後に川屋を襲おうとした。それを助けようとして2人で川に落ちた、という筋書きだった。
話している間に涙が出てきた。一歩間違えば国府田も川屋も悲惨な目にあっていただろう。その恐怖を今さら実感した。
しかし、国府田の涙には全く構わず、石井の父親が口を挟んだ。
「おかしい話じゃないか。君は言われた通りに川屋君を危険な場所へ連れて行ったのに、急に気が変わって彼を助けようとしたのか?」
石井の父親は冷たい眼差しで国府田を睨んだ。明確な敵意がぶつけられた。
「すみません、まさかあんなことをしようとするとは思わなかったので……」
「本当は最初から、2人がかりで彼を川に落とそうとしていたんじゃないのか?」
これは言いすぎじゃないのか、という意図を込めて佐々木に目線を送ったが、佐々木は苦笑いをするだけだった。自分で反論するしかないらしい。
「いえ、私は指示をされて行きました」
「証拠はあるのか。君が指示を受けたという証拠が」
「いえ、それは無いと思います……」
「メッセージなども? 残っていないと?」
「あ、はい、口頭だったので……」
「それはおかしいな」
石井の父は身を乗り出した。
「ここに来る前に、学校で牧野の話を聞いたよ。彼はメッセージアプリで他の生徒に指示を出し、いじめを遠隔操作するのが常だったそうだね。君への指示だけ口頭だったのか?」
国府田は自分の胃が冷たくなるのを感じた。
「えぇ、はい、その時は」
「見せなさい」
石井の父は国府田に手を突き出した。
「え?」
「君のスマートフォンを見せなさい。牧野から君への指示を見たい」
「え、いや、それは……」
「国府田くん。いじめは重大な問題なんだよ。正しい状況把握が必要なんだ。君も協力しなさい」
石井の父は手を降ろさない。国府田は背中に汗をかきはじめた。
石井のスマートフォンのメッセージ履歴は消していたが、国府田自身の履歴の削除は後回しにしてしまっていた。まさか病院でチェックされると思っていなかったので、まだ対応できていない。国府田のスマートフォンには、牧野とのやりとりの全てが残っている。
「いえ、その、川に落ちた後、スマートフォンが何処に行ったのか分からなくて……」
「じゃあ、私がかけてみましょうか」
佐々木が突然声を挟んだ。自分のスマートフォンを取り出している。
「番号ご存知なんですか?」
「ああ、学校の先生に教えてもろうたよ」
どの教師と言われた訳ではないが、国府田には吉村の顔が思い浮かんだ。警察に聞かれれば、番号を教えることをためらわないだろう。
枕の下からバイブレーションの音が聞こえてきた。国府田は全身の血が減っていくのを感じた。
石井の父と佐々木、2人の視線に押され、国府田は自分のスマートフォンを差し出した。
「こちらです……」
石井の父が強引にスマートフォンを奪い取った。絶望的な気持ちで反応を待った。
しかし、いくら待っても石井の父は動かなかった。画面を見つめたまま停止している。
佐々木が横から画面を覗き込んだ。
「これは確かに、川屋という生徒について調べるよう指示をしとりますな」
「しかしこれは……」
「石井さん、彼に返しましょう」
「いや、しかし……!」
「まぁまぁ、石井さん」
佐々木は苦笑している。
「彼を見てください。さんざん殴られて川に落ちて、彼も一緒に死んどっても全然おかしくなかったとです。見たまんまです」
石井の父は一瞬佐々木を睨み、叩きつけるような勢いで国府田にスマートフォンを返した。
国府田も画面を確認してみた。
『仮に川屋さんが何かやっていたとして、寮に証拠を残しておくとは思えません』
『だったら鍵を掛ける必要はない』
『無理はしないでいい。変なことを言ってすまなかった』
ここでメッセージは終わっていた。その後の、国府田が牧野の指示を聞き始めてからのやりとりが全て消えている。
ガタッ、と大きな音が病室に響いた。石井の父親が勢いよく立ち上がった音だった。
「私はこれで失礼する」
石井の父親は大きな足音を立てて部屋を出ていった。
佐々木はその背中を見送り、ゆっくりと国府田に向き直って笑みを浮かべた。
「面白かもんば見せてもろたばい。俺もあん人は好かんけんな」
「あ、いえ……」
国府田もつられて頬を緩めてしまった。
「ばってん仕事やけん。悪かったね」
佐々木は国府田の肩を叩いて去っていった。
佐々木の後ろ姿が消えたのを確認し、国府田はベッドに倒れ込んだ。何度か大きく深呼吸をし、思考を取り戻してから、川屋にメッセージを送る。
『私の携帯に何かしましたか?』
間を置かずに返事が届いた。
『色々消しといたよ。入院したらチェックされるかもなと思って』
『いつの間に』
『救急車に乗ってる間だよ。気付かなかった?』
『全然気付きませんでした。ロックはどう解除したんですか? こっそり指に当てたとか?』
『君のパスワードは分かりやすすぎるよ』
川屋はウサギが悪魔の格好をしたスタンプを送ってきた。
国府田は今起きたことを川屋に報告した。
『石井くんのお父さんは最重要人物だね。諦めそうにないな』
『石井のいじめの現場映像をネットに流してしまうのはどうでしょうか。石井家にとってかなりのスキャンダルなので、しばらく引きこもって出てこなくなるのでは?』
『いい案だと思うんだけど、石井くんの携帯の中には映像なかったよ。君が消させたんじゃない?』
『そうでした』
しばらくは隙を見せないように気をつけるしかなさそうだった。国府田は早速、川屋との会話を削除した。
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