第21話 国府田くんは死にたくない
牧野殺し実行前夜、2人は必殺技の練習をしながら、互いの種明かしを楽しんでいた。
「でも川屋さん、私が言わなくても気付いてたでしょう? 監視カメラか何か、あるんじゃないですか?」
「するどいね。僕の部屋にも、君の部屋にもあるよ」
「やっぱり……忍び込んだ直後に川屋さんが私の部屋に来たでしょう。あの時は本当に殺されると思いました」
「あはは、ちょっとお仕置きしてやろうとは思ったよ」
川屋は指を拳銃の形にして、撃つ真似をした。
「でも、君が慌てすぎなのが面白くて、許しちゃった」
「それは良かったです……」
川屋は呑気に笑っている。今の空気を壊したくはなかったが、国府田にはもう一つ、謝らなければならないことがあった。
「彼を呼び出すため、薬をひとつ牧野さんに渡しました。勝手に持ち出してすみません」
国府田にとっては重大な告白だったが、川屋はきょとんと首を傾げただけだった。
「ごめん、薬って何? 塚本くんに使ったヤツなら持って帰ったけど」
「これです」
川屋に注射器とアンプルの写真を見せる。川屋は目を見開いた。
「あー! この薬、このケースに入ってたんだ! 無くなったと思ってたよ。そういえば入れたなぁ。ありがとう、見つけてくれて!」
「これは覚せい剤ではないのですか?」
「違うよ、これは……あー、なんていうのかな、持病の薬だよ。体調を整えるみたいなやつ。もちろん健康な人が使うものじゃないけど、危ないものじゃない」
「そうだったんですね。なら安心です」
川屋は無邪気に笑っていた。
努めて明るく振る舞ってくれる川屋に、国府田は改めて罪の意識を感じた。
「川屋さんを危険な目に合わせてしまいます、すみません」
「それはいいんだ。柔道もちょっと楽しいし」
「川屋さんにこれ以上、危険な目にあわないでほしくて、1人で解決しようとしたんですが……無理でした。結局また、川屋さんに助けてもらうことになってしまって」
川屋が国府田の肩に体を預けた。
「僕は嬉しいよ」
「……何がですか?」
「君が僕を守ろうとしてくれたことも、2人での問題解決を選んだことも、どっちも」
「……ありがとうございます」
国府田はこみ上げる涙を必死に抑えた。
「君が気にすることはないよ。僕は嫌だと思ったことはない。どうしてだか分かる?」
予想外の質問に国府田は戸惑った。何度も考えたことはある。なぜ、川屋は国府田を救ってくれるのか。いつも答えは出なかった。
結局、国府田は最初に思いついた仮説を答えた。
「犯罪を楽しむ性格だから……?」
「不合格!」
川屋は国府田に三角絞めを見舞った。
「あ、いいですよ、確実に上手くなってます!」
「もー、このまま君を倒してやる!」
結局、寮に戻っても練習は続いた。就寝時間ギリギリになんとか納得できるレベルに到達し、2人は勝算を持って当日を迎えることができたのだった。
牧野の死体入りダンボールは屋外に運び出され、用意してあった台車に載せられた。国府田は途中誰かとすれ違っても大丈夫なように言い訳をいくつも用意しておいたが、運良く誰にも見られず出発できた。大雨の中、台車を押して山道を登る。
川屋は牧野のスマートフォンを操作している。死後すぐなら生体認証でのロック解除は間に合う、というどうでもいい知識を得てしまった。
「よし、君との会話の履歴は全部消せたんじゃないかな」
「良かったです。ありがとうございます」
「しかし、牧野くんは凄い悪だね。色んな人に色んな悪いことをさせてる。自分は手を汚さずに美味しいところだけ持っていくタイプだ。生かしておいたら僕も危なかったな」
川屋はしきりに頷いていた。
過酷な道中だったが、2人はなんとか校舎裏の川沿いに到着した。川の水量はいつもより明らかに増えている。落ちてしまったら溺れることは必至だと思われた。
国府田は煙草の吸殻が落ちている場所まで移動した。ここから死体を流せば、隠れてタバコを吸おうとして川に落ちた、というシナリオが成立するはずだった。
雨でふやけた段ボール箱を破る。牧野の体が崩れ落ちてきて、国府田の上に覆いかぶさった。
どけようとした瞬間、国府田の脳に強烈な衝撃が走った。
「嘘!」
川屋の声が聞こえる。国府田の意識は一瞬飛んでいたようだった。視界が戻ると、目の前に憤怒の形相をした牧野の顔があった。
牧野が拳を振り下ろす。再び国府田の視界は歪んだ。
「お前……! クソ、舐めんなよ……!!」
牧野は国府田を殴り続けた。国府田は必至にもがいて攻撃を避けながら、少しずつ状況を理解した。牧野は死んでいなかったのだ。詰めが甘かった。呼吸が止まっていることを最後まで確認していれば……!
そんな考えもすぐに打撃の衝撃が吹き飛ばしていった。国府田の意識は朦朧としてきた。
遠くから川屋の悲鳴が聞こえる。
「やめろ、この野郎!」
「黙れや!」
バシン、と破裂音が響いた。牧野が川屋を殴ったのだろう。
国府田は夢中で声の方に突進した。歪む視界の中で牧野らしき後ろ姿を捉え、全力でしがみつく。牧野は国府田を振りほどこうとしたが、国府田は放さなかった。
国府田と牧野はぬかるんだ地面に滑り、もつれあって転んだ。2人の位置が入れ替わる。国府田の視界には、牧野の後ろに川岸が映った。
国府田は全力で牧野に体をぶつけ、そのまま押していった。牧野は踏ん張ろうとするが、地面が滑り、牧野は後ろに押されていく。
国府田は牧野に抱きついたまま、川の音がする方向に全力で跳んだ。
「おおおおおお!」
牧野の叫び声が聞こえる。2人はそのまま川に落下していった。
「国府田くん!」
川屋の声が聞こえた気がした。すぐに大きな衝撃とともに何も聞こえなくなり、国府田の意識は沈んでいった。
国府田は幼少期の自分を見ていた。母親の背中を泣きながら追いかけている。なぜ、母親を怒らせたのかは覚えていない。いや、いつもよく分からなかった。気付けば母は怒っていた。
子供だった国府田は、いつの間にか中学生になっていた。クラスで他の生徒が楽しそうに談笑している中、1人だけ机に向かって教科書を読んでいる。勉強だけはできたので、それが存在価値のようになっていった。休み時間もずっと勉強をしていた。他にすることがなかった。
突然、石井の下品な笑みがアップで映し出された。気分が悪い。これからずっとこいつの玩具として生きなければいけないのかと思うと、今すぐ死にたかった。このまま死んでしまおう。
国府田がそう考えた直後、石井は血まみれのトイレで死んだ。ペニスは切り取られている。
トイレの外に出ると川屋がいた。楽しそうに石井の肉を切り刻んでいる。
「水に流しちゃうのが一番いいよ」
そう言って川屋は満面の笑みを浮かべた。
国府田は自分が笑っているのを感じた。クソみたいな人生だったが、川屋が希望をくれたから生きられた。最後の最後は悪くなかった。毎日が楽しかった。
死にたくない。
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