第20話 国府田くんは酷いオトコ
前日の放課後、國府田と川屋は、足で首を絞める『三角絞め』の練習を繰り返していた。
「無理! 休憩!」
川屋は床の上に倒れ込んだ。大の字になって舌を出している。
国府田は勝算を感じていた。川屋は非力だが、足腰の力を使う三角絞めなら十分な力が出せそうだった。もう少し調整すれば、2人がかりであれば牧野を仕留められる可能性は十分に出てくると思われた。
「いい加減に教えてよ……! どうして急に柔道なの……!?」
川屋が息継ぎをしながら国府田に疑問をぶつけた。
「牧野さんのターゲットは私ではありません。川屋さんを狙っています」
「僕を?」
「心当たりはありますか?」
川屋は少しだけ視線を逸らした。
「まぁ、なくはない」
「牧野さんの勢いは止められないと思います。すぐに手を打たないと、大変なことが起こります」
国府田は川屋に作戦を伝えた。川屋の弱みを握ったと認識した牧野は、近く、川屋を襲おうとするはずだった。あえてその場を国府田が用意することで、確実に始末する計画だった。
川屋は飛び起きた。
「僕が戦うの!?」
「もちろん私も協力しますが、首を絞めるのは川屋さんがやった方が効率的です」
「えぇ、そんな訳ないでしょ。牧野くんと僕、大人と子供くらい体格が違うよ」
「牧野さんを抑えるのは私がやります。そっちの方が腕力を必要とするはずですから。私が彼を押さえている間に、先程教えた三角絞めで意識を失わせてください」
「えぇぇぇぇぇ、できるかなぁ」
「練習すれば大丈夫です」
牧野の目的を考えれば、牧野が川屋の足を抱えて覆いかぶさる姿勢になる可能性は高い。それは三角絞めの大きなチャンスだった。
「うーん……」
川屋は腕を組んで考え込んでいる。
「事前に川の水をバケツに汲んでおくつもりです。牧野さんが失神したら、それで溺死してもらいます。その後、川に落とします」
「なるほど、だから柔道なのか……」
川屋は眉間にしわを寄せながらではあったが、首を縦に振った。
「上手くいけば、一切疑われずに切り抜けられるかもしれないね」
川屋の同意を得て、国府田は一気に緊張から開放された。脳内に生成されてしまう、牧野に襲われる川屋の映像が、少し薄くなった気がした。
「焦りすぎでしょうか。すみません、ちょっと平常心でいられていないかもしれません」
「いや、僕は元々、牧野くんも排除したいと思ってたから、大歓迎だよ」
川屋は満面の笑みで国府田を勇気づける。
「でも、国府田くんからそういう提案は珍しいね。先生に相談するとか、そういう手段を考えそうなのに」
「それは無駄でしょう。良くて被害の後に対応されるだけ、悪ければ隠蔽されるだけです」
「流石、国府田くんが言うと説得力あるなぁ」
川屋は声を上げて笑った。
国府田は続きをためらったが、決心して重い口を開いた。
「川屋さんの部屋の棚の中を見ました。すみません」
川屋は少しだけ目を見張ったが、すぐに表情を緩めた。
「いいよ、君なりの理由があったんでしょ」
「それはそうですが……」
「じゃあ、その理由をちゃんと教えてくれたら、許してあげる」
川屋は楽しそうに笑みを浮かべた。国府田は重圧を感じながら、答える。
「知りたいことがあったんです」
「ふぅん?」
「川屋さんは、私に隠し事をしていますよね」
「……まぁね」
川屋は苦笑した。
「それも、たくさん」
「たくさん!? あー、まぁ、そうかもね」
川屋は国府田から目を逸らす。国府田は粛々と続けた。
「塚本さんは、川屋さんの部屋にも侵入していたそうですね。なぜ、私には黙っていたのですか」
「あー……それは……」
川屋は一瞬、国府田の様子をうかがい、また大げさに目を逸らした。国府田は畳み掛ける。
「夜に寮を抜け出しているのは何をやっているんですか? 塚本さんを退学させるのを独断で進めたのはなぜですか。持っているだけでもリスクがある薬物を使って、予定外のことが起こったらどう対処するつもりだったんですか」
川屋はしばらく黙っていたが、やがて上目遣いに国府田を見上げた。
「国府田くん、もしかして怒ってる?」
「私に怒る権利はありません。川屋さんが一人で行動したいのなら仕方ありません。しかし勝手に自分を危険に晒すのは駄目だと思います」
「怒ってるじゃん!」
「川屋さんが危険に身を晒しているのに自分だけ守られているというのは、私の望む生き方ではありません。その姿勢を変えないのなら、私は今からでも川屋さん抜きでやります」
川屋は国府田の腕を掴んだ。
「それはやめて」
「では、話してくれますか? 一人で何しているのか」
川屋は目を伏せた。国府田の腕を掴む手に、少し力がこもる。
「ごめん、今は話せない。でも、ずっと内緒にしておくつもりはないよ。全て終わったら話せると思うから、それまで待ってほしい」
「分かりました。では、当ててみてもいいですか?」
川屋が吹き出した。
「いいよ、でも回答権は1回だよ!」
「自信があります」
「お、強気! じゃあ聞いてみようか。僕の隠し事は何でしょう?」
国府田は緊張を押して答えた。
「あの動画をネットニュースに流したのは川屋さんですね?」
川屋は腕を組み、目を閉じて沈黙した。
「どうしてそう思ったの?」
「石井のスマートフォンを持っているのは川屋さんです。牧野さんと塚本さんは、あの動画を消したと言っていましたから、消去法で、石井のスマホにしかデータが残っていません」
「そんなことをして、僕にどんなメリットがある?」
「分かりません。ですが結果論として、動画の流出以降、私は学校に保護されるようになり、立場が良くなっている部分もあります。何か私には思いつかない計算があったのでは?」
川屋は目を閉じたまま口を閉ざしている。少しずつ、その肩が揺れ始めた。笑っている。
「残念、不正解です! 考えすぎだよ!」
国府田は顔が赤くなるのを感じた。渾身の推理だった分、衝撃は大きい。このまま消えてしまいたかった。
「自信あったんですが。恥ずかしいです」
「動画は塚本君だと思うよ。消したってのが嘘なんでしょ、単純に」
冷静になればそう考えるのが自然だと思われた。牧野のペースにハマらないように気をつけていたつもりだったが、知らず知らずの内に牧野の言葉を真に受けてしまっていたようだった。
「川屋さんが、石井のスマホはまだ使い道がある、と言っていたのを思い出して、想像が膨らんでしまいました」
「僕はそこまで計算高くないよ。動画が広まっちゃったのは想定外、大きな困難でしかない。あれさえ出回らなければねぇ。今でも運命を恨んでるよ」
「それは私が川屋さんを止めたからですね。本当にすみませんでした」
「いや、たぶん石井くんのお父さんの影響が一番大きい。それは僕たち2人とも読めていなかったから、仕方ないよ。悔しいけどね」
恥ずかしさのあまり黙っている国府田の肩を川屋が揺らした。
「大ハズレで安心したよ。何がバレたのか、ヒヤヒヤした」
「まぁ、謎だらけですもんね、川屋さんは」
国府田は冗談を返したつもりだったが、川屋の表情には寂しさがあった。
「ごめんね。本当は、君に隠したいことなんてないんだ。いつか話すと約束するよ」
「分かりました。待っています」
川屋は少し安心したようだった。表情に笑みが戻る。
「君は僕を信用できなくなったんじゃないかと思ってた。例えば、いずれ君も消すつもりだとか」
「それはありえる話ですね」
「しないよ!?」
川屋に揺さぶられながら国府田は続けた。
「だって川屋さん、塚本さんの件で白を切り通したじゃありませんか」
「それは……これ以上君に嫌われたくなかったから……」
川屋はごにょごにょと口ごもる。
「最近はここにも来てくれなくなったし」
「それは仕方なかったんです。牧野さんは川屋さんを狙ってるようだったし、川屋さんも牧野さんに何をするか分からないし、私は両方と距離を取る必要がありました」
「ふーん……」
川屋はまだ不満を持っているようだったが、一定の納得はしたようでもあった。
「牧野くんはホントに僕を狙ってるの? そう見せて君を油断させてるとかじゃなくて?」
「その可能性も考えましたが、とにかく川屋さんを追い詰めようという情熱が凄かったんです。毎日、川屋さんの身辺調査を迫るメッセージが来ていました」
「うわ……」
「牧野さんから聞いたんですが、石井が川屋さんのトイレを盗撮したことがあったそうですね?」
「あったよ。無視したらそれで終わったけどね」
「石井が川屋さんに興味を持っていたような記憶はありません。川屋さんは石井が責めたくなるタイプではないと思います。おそらく石井は牧野さんの指示でやったのです。つまり、牧野さんが川屋さんを狙っていたのは、けっこう前からなんです。色々な人に少しずつ、川屋さんを狙わせてきた。私が役に立たないとなれば、また別の人を使って川屋さんに危害を加えようとするでしょう。それくらい強い執念を持っています。なら私が彼の下僕になるのが一番安全だと思ったので、ここしばらくはそう行動していました」
「驚いた。そこまで考えて動いてたんだね。ホント、立派な詐欺師になってきたね」
「誉め言葉だと受け取っておきましょう……?」
「だから僕の部屋に忍び込んだんだね」
川屋が国府田の顔を覗き込んだ。国府田は目を伏せた。
「……すみませんでした」
「ホントだよ。酷いオトコ」
川屋の口調は軽かった。国府田は救われた気がした。
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