第19話 川屋くんは股にはさむ

 翌日は大雨が降った。国府田にとっては好都合だった。昼休みに諸々の準備を終え、放課後を待つ。

 放課後、国府田は川屋と美術室に向かった。川屋は少し緊張しているようだった。いつになく神妙な顔をしている。それでも川屋は無理やり笑ってみせた。

「腰が砕けそうだよ……国府田くん、ちょっと厳しすぎるんじゃない?」

「……すみません」

 2人で美術室に入りデッサンの準備をしていると、静かに扉が開いた。

 牧野が笑みを浮かべて室内に入ってきた。川屋が弾かれたように牧野の方を向いた。

「牧野君……どうしてここに?」

「お前が裏で色々しよるけんたい」

「……意味が分からないな」

「ならはっきり教えてやる」

 牧野はポケットから川屋のアンプルを取り出し、川屋に突きつけた。

 川屋は半歩後ずさった。

「何? それ」

「お前が塚本をハメるのに使ったやつやろ。まぁ、これが何かは警察が調べてもらおうやないか。国府田」

 牧野が国府田に目線で指示を送る。国府田は鞄の中から石井のスマートフォンを取り出した。

 川屋は息を呑んだ。

「どうして国府田くんがそれを?」

「お前が国府田もハメようとしよるけんたい」

「……どういうこと?」

 川屋は鋭い目つきを国府田に向けた。国府田努めて冷静に告げた。

「川屋さんは、石井のスマートフォンを使って、いつでも私を警察に突き出せる状態を維持していました。自分の安全は確保して、私を追い込むのを楽しんでいたんでしょう。動画をネットに流したのも川屋さんですね」

 川屋はしばらく国府田を睨んでいたが、諦めたように椅子に座った。

「で、僕をどうしたいの。警察に突き出す?」

 出入り口を塞ぐように立っていた牧野が川屋に近付いた。

「そんなつまらんことはせん。お前がちゃんと物分かりが良ければ、全員が得をするったい」

 川屋は必死に牧野を睨み返している。

「物分かりってどういうこと?」

「とぼけるなや。お前が偽名を使っとるのは分かってるんや」

 牧野は川屋の肩を掴んだ。川屋は顔を背けた。

「趣味が悪いよ。僕にそんなことして楽しい?」

「何を言いよるんや」

 牧野は大きな体を震わせて笑った。

「男しかおらんこの学校で、お前ぐらいしか楽しめる玩具はおらんやろが。俺は石井んごたホモやなか」

 川屋は自分の肩を抱いて体を丸めている。国府田は見ているだけで耐え難い苦痛を感じたが、目を離す訳にはいかなかった。

「おい」

 牧野は国府田にスマートフォンを渡した。

「撮っとけ。すぐお前の番を回してやる」

 牧野は改めて川屋に向き直った。録画開始の音が教室内に響く。

「脱げ」

 川屋は目に涙が浮かべながら、目線で必死に抵抗していた。牧野は薄笑いを浮かべて川屋に迫った。

「聞こえんかったか? 脱げち言いよるったい」

川屋はゆっくりと立ち上がり、学ランを脱ぎ捨てた。次にシャツを脱ごうとするが、うつむいて動きを止めた。

「おい、はよせんか」

「分かってる」

 川屋はひとつひとつ時間を掛けて、ボタンを外していった。牧野は上から覗き込もうと川屋に近寄った。

 川屋の上半身がTシャツだけになった。起伏のない、華奢な体だった。

「はよせえって」

 牧野が川屋のTシャツを強引に脱がした。川屋は抵抗したが力の差が大きく、あっという間に脱がされてしまった。

 国府田は拳を握りしめて2人を凝視する。川屋の肌は真っ白だった。ところどころ、痣のようなものが見える。胸には包帯が巻かれていた。牧野が包帯を強引に解くと、その下には、明らかに男性のものではない乳房があった。

 牧野が川屋の胸に手を伸ばす。川屋は必死に抵抗した。2人はもつれ合って倒れた。牧野は川屋の上にのしかかり、胸を掴んだ。牧野の下から川屋のすすり泣きが聞こえた。

 牧野はさらに身を乗り出し、川屋の胸に顔を近付けた。

 国府田は声を張り上げた。

「今!」

 国府田の声に合わせて、川屋は牧野の首に足を巻き付けた。

「なんや!? おい……!」

 牧野は右の肘で国府田を何度も打つ。国府田はその腕を掴み、後ろに絞り上げた。間髪いれず牧野の体を支えている左手をすくい上げる。牧野は川屋の腹の上に頭を預ける姿勢になった。よく首が締まる姿勢だ。

牧野は全身を振り回して暴れる。国府田は必死に抑え込んだ。川屋は牧野の首に巻き付けた足を自分の手で引っ張り、首が強く締まるように頑張っている。国府田は全身の筋肉が引きちぎれそうになるのをひたすら耐えた。

 1,2分ほど経ち、ようやく、牧野はぐったりと動かなくなった。

「川屋さん、もう大丈夫です」

 国府田は川屋の足を叩き、終了の合図をした。川屋は足を解き、大の字になって寝転んだ。

「疲れた……疲れたよ! 柔道ってこんなに疲れるの?」

「2人がかりだったので、楽な方だったと思いますよ」

 国府田は牧野を床に転がし、呼吸を確認した。呼吸はある。上手く、窒息させずに失神させることができたようだった。

「成功です。練習の成果が出ましたね」

「僕に肉弾戦をさせるなんてね。鬼!」

 川屋は全身で大きく息をしている。体力の限界だったのだろう。国府田は改めて川屋の奮闘に感謝した。

 国府田は奥からバケツを持ってきた。昼休みの内に、裏の川から汲んでおいた水が波々と入っている。その中に牧野の顔を突っ込んだ。

 牧野は少しだけ暴れた。バケツの中に泡がいくつも生まれ、水が吹き出す。しかし数十秒程で牧野は完全に動かなくなった。

溺死体が1つ完成した。国府田は達成感に浸っていた。絞殺してしまっては、溺死に見せることはできない。川屋はよくやってくれた。何より、川屋に殺人をさせずに済んだことに安堵していた。

国府田は牧野の死体を、予め用意しておいた大きなダンボール箱に詰めた。

「手際が良くなったねぇ……」

 川屋の軽口が後ろから飛んできた。国府田は返事をしようとして振り向き、慌てて顔を背けた。

「服! 服を着てください!」

「あ、忘れてた」

 国府田はため息をついた。緊張が解けて、体中から力が抜けていくようだった。

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