第18話 川屋くんは股を開く

 色々な期限が迫っている気がする。寝ている場合ではなかった。国府田は体を起こした。

 先程、川屋の棚の中を撮影した写真を確認してみる。ごちゃごちゃと詰まった本と書類、謎の武器、薬のケース、石井の指とスマートフォン……他にも色々と、国府田の知らない川屋像につながるものが多く入っていた。

 国府田は1枚の写真で手を止めた。病院の名前が書かれた封筒の写真だ。下部に記されている名前は、川屋ではなかった。『川村 楓』と書かれている。

 国府田はスマートフォンを使い、その名前で検索してみた。川屋とは関係なさそうな情報が並ぶ。

 病院名を検索してみると、所在はU市だった。福岡と大分の県境にある市だ。国府田は川屋が大分との県境辺りを『地元』と言っていたのを思い出した。川屋はU市出身だと考えていいだろう。

 今度はU市の名前を掛け合わせて検索してみたが、『川村 楓』の情報は見当たらなかった。犯罪、殺人、麻薬、など川屋と関係がありそうな言葉を追加してみたが、やはり関係ありそうな情報には出会えない。

 U市は広い。まだ検索範囲が広すぎるのかもしれない。国府田は必死に記憶を掘り起こした。川屋は何と言っていたか。

『僕の地元はこの辺りなんだ。U高校のことは良く知ってる』

 国府田はU高校の名前を掛け合わせて検索してみた。同窓会情報や卒業生のプロフィールが並ぶ中、古いニュース記事が国府田の目に止まった。

『高校教師が川で溺れて死亡』

 国府田は記事ページを開いてみた。2年前の記事だった。短い記事だ。

『高校教師の男性が川に転落し死亡』

『死亡したのはU高校教師 川村 哲朗さん(50)』

『大量に飲酒をして周囲を徘徊することが度々あった』

 単に名字が同じだけだが、なぜか興味深かった。『川に転落して死亡』というところが気になる。川屋に関係がある情報のような気がしてならない。興味は尽きないが、これ以上の情報は無かった。

 国府田は気を取り直して検索を続けた。U高校はU市Y町にあるらしい。Y町にある中学校・小学校の名前を調べ、掛け合わせてみる。

 奥深い階層に町会が出した会報が残っていた。5年前の記事だ。

『紅葉の絵コンクール 優秀賞 Y小学校6年 野田 一成くん』

『銀賞 Y小学校4年 川村 楓さん』

 国府田は再びベッドに倒れ込んだ。パズルのピースがはまった気がした。突然、脳内に広い世界が開けたような感覚を覚える。色々な疑問が次々と解決していき、次に取るべき行動がはっきりと分かった。

 国府田は牧野にメッセージを送った。

『薬を明日渡します』


 翌日の昼休み、国府田は牧野と校舎裏で待ち合わせた。牧野はアンプルを手に、神妙な顔をしている。

「これが川屋の部屋にあったとやな」

「石井さんのスマートフォンもありました」

「そうか、石井の携帯まで……」

 牧野は眉間にしわを寄せて唸った。

「なんで川屋は石井の携帯を処分しとらんとやろな」

 国府田は冷たい表情で答えた。

「私がやったことにするためでしょう」

 牧野は目を見開いた。

「お前にか!?」

「私と石井さんの動画をネットニュースに流したのは、川屋さんです。石井さんのスマートフォンから抜き出したデータを使ったんだと思います」

「そんなことをして、川屋に何の得があるんや」

「それは川屋さんにしか分からない感覚だと思います。追い詰められる私を見て楽しんでいるんじゃないかと思いますが……」

「だから急にお前とつるみだしたんか?」

「そうだと思います。川屋さんは人を傷付けたり追い詰めたりするのがもの凄く好きみたいです。棚の中には武器がたくさん入ってましたよ」

 国府田は吐き捨てた。牧野は空を仰いだ。

「どう対抗するか考えんといかんな」

「急ぎましょう」

 牧野の顔に、ゆっくりと笑みが浮かんできた。声色が少しだけ明るく変わる。

「お前、急にやる気やな」

「色々と分かってしまったので」

「そうか……それやったら、お前もただで済ます訳にいかんやろ」

「……どういう意味ですか?」

「やられた分、やりかえしてやらんといけんやろが」

 牧野はニヤリ、と満面の笑みを浮かべた。こんなに楽しそうにしている牧野を見るのは初めてだった。

「ただ警察に逮捕させるだけじゃ生ぬるか。俺もお前も楽しめるやり方でやったろう」

「楽しむ?」

「とぼけんな。お前だって気付いとるやろが」

 牧野は国府田の股間を軽く叩いた。

「……えぇ、まぁ」

 牧野は国府田の肩に手を置いた。

「お前にもちゃんと楽しませてやる。明日やろうや」

 国府田の心臓の鼓動が急激に速まった。


 その日の午後の授業は、内容が一切、国府田の中に入ってこなかった。牧野に襲われる川屋のイメージが常に頭の中に広がり、他のことを考えられなかった。

 放課後、国府田は美術室に向かう川屋の後を追った。

 国府田が隣に並ぶと、川屋は小さく笑った。

「今日はテスト勉強は大丈夫なの?」

「大丈夫」

「お友だちは?」

「それも大丈夫」

 国府田は極力、平静であるよう努めた。それでも息が荒くなっているのを自分でも感じていた。

「大丈夫?」

 川屋が国府田の顔を覗く。国府田は心臓が止まりそうになって立ち止まった。

 国府田は周りに誰もいないことを確認し、再び歩きだした。

「川屋さん」

「何?」

「しばらくの間、私の言うことを聞いてもらえませんか」

 川屋が立ち止まった気配を感じて、国府田も立ち止まった。美術室の入り口はすぐそこだが、今日はその距離が遠かった。

 しばらく、2人その場に立ち尽くしていた。やがて川屋が国府田の横を通り過ぎ、美術室の扉を開けた。

「いいよ。聞いてあげる」

 国府田は川屋を追って室内に入り、小道具用の大きな布を床に敷いた。

「ここに寝てください」

 川屋は首を傾げたが、すぐに笑って答えた。

「わかった。言うこと聞くって言ったもんね」

 川屋は靴を脱ぎ、布の上に四つん這いになった状態で国府田の方を向いた。

「仰向け? うつ伏せ?」

「仰向けです。足をこちらに向けて」

「分かった」

 川屋が布の上に寝転ぶと、国府田はその上にのしかかった。

川屋は膝を閉じて抵抗した。

「……何をするの?」

 川屋は眉をひそめている。国府田の胸に罪悪感が浮かんできたが、無視することにした。

「これからの私たちに必要なことです」

 国府田は川屋の足を掴み、強引に開かせた。

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