第17話 川屋くんは銃を撃つ
川屋の部屋は、位置こそ他の部屋から離れていたが、中は他の個室と概ね同じレイアウトだった。学習机とベッドと棚だけの簡素な部屋だ。
棚に手を掛けてみたところ、確かに鍵が掛かっていた。国府田は盗み出した鍵を鍵穴に差し込んでみた。この鍵が回らなければ、この話はここで終わる……という些細な希望を抱いていたが、残念ながら鍵はスムーズに回転し、引き出しが重みで勝手に開いた。
国府田は慌てて引き出しを支えた。重みが肩にのしかかる。かなりの重さだった。中にはごちゃごちゃと色々なものが突っ込まれているようだった。本や書類が乱雑に入っているかと思えば、ナイフ、金槌にエアガンまで武器が詰まっていたり、意図が分からない物が多かった。
隅に小さなプラスチックケースがあった。開けてみると、注射器とアンプルが数点ずつ入っている。おそらく当たりだろう。とりあえず写真を撮り、アンプルを1点だけポケットに入れた。ケースを戻そうとして目線を引き出しに戻した時、国府田の視界の隅に、ビニール製の小さな小袋が映った。中に何か黒ずんだものが入っている。深く考えずに手にとって中身を確認した国府田は、天井と床がひっくり返ったのではないかと感じるほどの衝撃を受けてその場に座り込んだ。
入っていたのは人の指だった。黒く変色し、形も崩れていたが、勘違いであってほしいと祈りながら凝視すればするほど、それは切り取られた人の指だ。
国府田はとてつもなく嫌な可能性に思い至り、更に引き出しの奥を探った。想像通りの物が出てきた。黒い大きなスマートフォン。石井が使っていたものだ。
国府田は川屋と初めて会った日のことを思い出していた。
『これはまだ使い道がある』
あの日、川屋からのメッセージにはそう書かれていた。その時は深く考えなかったが、まさか、ロックを解除するための指と一緒に保管していたとは。それにしてもここに保管し続けるのはリスクが大きすぎる。寮監督が見つけたらどうするのだろう。命知らずにも程がある。
無意識に、国府田は石井の携帯を手に取ってしまった。今となっては懐かしさを感じる。何度も何度も国府田の醜態を撮影してきたスマートフォンだ。
このスマートフォンの使い道は何なのだろう?
国府田の脳内を色々な考えが巡る。背筋がどんどん冷たくなっていく。
戻ってきた寮生たちの話し声で、国府田は我に返った。今はとりあえず部屋を出るのを優先することにした。引き出しの中身をもとに戻し、鍵を掛け直して、国府田は寮監督室に戻った。
まだ寮監督は戻っていないようだった。国府田は手を震わせながら鍵を元の場所に戻し、飛び跳ねるように出口の扉に手を掛けた。
扉を開くと、目の前に吉村教師が立っていた。国府田の息は止まった。
「……お前か」
吉村は顔をしかめた。
国府田は立ち尽くした。吉村も頭を掻きながら動かない。国府田が、どうやら忍び込んだことがバレた訳ではないらしいことに気付いたころ、吉村が国府田の横を抜けて室内へ入っていった。
「まぁ座れ」
吉村はパイプ椅子を1つ国府田に用意し、自身も席についた。
「なんか相談ごとか?」
校長の前で彼を窮地に立たせてしまって以来、吉村は国府田を腫れ物に触るように扱う。国府田としては罪悪感を感じるところではあったが、話を聞いてもらえるようになったのはありがたかった。
「あ、はい、川屋さんのことでちょっと……」
苦し紛れに絞り出した言葉だったが、吉村は目を見開いた。周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、国府田の後ろの扉を指さした。
「閉めてくれ」
国府田は促されるまま、寮監室の扉を締めた。
吉村は探るような眼差しを国府田に向ける。
「川屋とは仲良うしとるとか」
「……はい」
「お前も美術室で絵ば描いとるとやろ」
「はい、色々教えてもらってます」
「おお、そうか、そうか」
吉村は笑みを浮かべて頷いた。
「それで、川屋がどげんしたとや」
国府田は吉村の恐怖を感じ取った。『何も聞かないでくれ』というメッセージが聞こえるようだった。逆に言えば、何かを知っているということだ。
本心では秘密を抱えるより、白状して楽になりたがっているのかもしれない、と国府田は思った。そう勘ぐってしまうくらい、吉村は無防備だった。国府田は吉村を揺さぶってみることにした。
聞きたいことは山のようにあった。なぜ、川屋を寮内で特別扱いするのか。なぜ、名簿に名前がなかったのか。しかし今、最優先で聞くべきことは明白だった。
「言い辛かことか」
吉村はしびれを切らしそうになっている。国府田は意を決した。
「川屋さんは……」
口の中が乾いてうまく言葉が出ない。
「過去に人を殺したことがありますか」
吉村が弾かれたように身を引いた。歪んだ顔に恐怖がありありと浮かんでいる。
「いや、お前、何をいきなり……」
吉村は国府田を凝視した。今にも泣き出しそうだ。
しばらくの間を置いて、吉村はため息をついた。
「とんでもなかこつば言うな。なんでそんなことを聞くんや」
「本人がそんな話をしていました」
「なんば言いよるとか、あいつは……」
吉村は長く息を吐いた。
「……絶対に人に言うたらでけんぞ。川屋はちょっと、現実と想像の区別がようついとらんところがあるったい」
「分かりました。絶対に話しません」
国府田が力強く答えると、吉村の表情が少し緩んだ。
「お前は川屋の冗談を信じとるとか」
「いえ、信じていません。ただ本当のことなら、知っておいた方がサポートしやすいと思ったので」
「そうか……」
吉村は弱々しく笑った。しばらくうつむいて黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「川屋は感情を表に出さんばってん、本当は色々辛いんやないかと思う。助けてやってくれ」
「……はい」
国府田は礼を伝えて、寮監督室から出た。
国府田は自室に戻った。牧野にメッセージを送る。
『私と石井さんの動画をネットニュースに渡したのは塚本さんですか?』
すぐに返事が届いた。
『俺たちは知らん。お前に見せた後すぐに消した』
『他に動画を持っている可能性がある人はいますか?』
『グループには俺と塚本と石井しかいない。俺は誰にも渡してない。塚本が誰かに共有したかどうかは分からない』
『分かりました、ありがとうございます』
国府田はベッドに横になった。考えることが多すぎて頭が痛かった。
石井のスマートフォンのことをすっかり忘れていた。川屋はあれを『何か』に使ったのかもしれない。あのスマートフォンを持っているのは、私が石井を殺しましたと叫んでいるようなものだ。その危険を背負ってまで、やるべきだった『何か』。
薬がまだ残されていたのも理由が分からない。まだ誰かを退学に追い込むつもりなのだろうか? 短期間で薬物使用者が複数出れば、寮内の一斉点検などもありえるだろう。そういったリスクを考慮しているのだろうか。
川屋の行動は謎が多い。派手な方法で問題を解決したと思ったら、その後にもっと大きな問題に襲われていることもまた事実だった。動画の流出、塚本の侵入、そして牧野の逆襲……それらも全て計算の内だったりするのだろうか。
国府田のスマートフォンのバイブレーションが鳴った。牧野からのメッセージだった。
『棚は開いたか』
もっとじっくり考えたかったが、行動を起こさなければならない時は迫っていた。
国府田は体を起こし、返事を打った。
『開きました。薬を見つけました』
『写真はあるか』
『今送ります』
先程盗み出したアンプルの写真を牧野に送り終えた瞬間、突然、背後から声が聞こえた。
「国府田くん」
国府田は声にならない悲鳴を上げた。川屋がいつの間にか部屋の入口に立っていた。冷たい笑みを浮かべている。
川屋の手には銃が握られていた。銃口はまっすぐ国府田の方を向いている。
国府田は飛び退ろうとして、壁に頭をぶつけた。衝撃で視界が一瞬暗くなった。
川屋は吹き出して銃口を下ろした。
「大丈夫? すごく痛そう」
「川屋さん、いったい何を……」
国府田は壁に張り付いたまま聞いた。川屋は口の端を上げる。
「テスト勉強してないから脅かしてあげようと思って」
「はははは……」
国府田は笑って見せたが、声が乾いていた。
「それ何?」
「おもちゃの銃だよ。よく出来てるでしょ」
川屋は国府田の枕に向かって一発、発射した。バシュッ、と鋭い音とともに枕がへこむ。人間が喰らったらかなりの痛みがあるだろう。国府田は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
川屋から笑みが消えた。
「最近、ずっと誰かにメッセージ打ってるね」
「あ、はい……友達が、できて」
「ふぅん……」
川屋は国府田の目を覗き込んだ。国府田は金縛りにあったように動けない。
2人はしばらくの間、無言で視線を絡ませ続けた。
「気をつけてね。色々と」
川屋は部屋から出ていった。国府田はベッドに倒れ、しばらく呼吸を取り戻すことに専念していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます