第15話 国府田くんは連絡先を交換する
祈りの日々が始まった。川屋が牧野の方を見る度、何か起こるのではないかとハラハラしたが、何も起こらず1週間が過ぎた。
美術室には行けなくなってしまっていた。川屋を怒らせてしまったし、出向いても意見が対立するだけだと思うと胃が痛み、足を向けることができなかった。放課後はすぐ寮に戻る日々が続いた。
一日の授業が終わり、無言で教室を出ていく川屋の背中を見送ってから、国府田も自分の荷物をまとめていた。
ふと、目の前に大柄な生徒が立ちふさがった。牧野だ。
「1人か?」
「え、あ、はい」
「ちょっ来い」
牧野はそう言い放つと、すぐに教室を出ていってしまった。国府田は迷う暇もなく後を追った。
そのまま牧野の後ろについて校舎裏の山を登った。川屋に伝えた方がいいかもしれない……と思ったが、それでは川屋が何をするか分からない。悩んでいる間に、川の近くまで来てしまった。
牧野は立ち止まり、圧力のある目線で国府田を見下ろした。
「お前、石井のことは本当に何も知らんとやな」
不機嫌そうな声だったが、強い敵意も感じなかった。国府田はとりあえず、素直に会話してみることにした。
「はい、知りません」
牧野は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「お前と川屋はどういう関係なんや?」
「どういう……いえ、あの、友人だと思っていますが、向こうがどう思っているかは」
「それだけか? 何も特別なことは無かとか?」
「……はい、特には」
脳内に色々な思い出が浮かんだが、国府田は無難な返事を選択した。
牧野はまたしばらく考え込み、ためらいがちにゆっくりと告げた。
「証拠は無いっちゃけどな、石井は川屋に消されたとやと思う」
「は!?」
全く予想していなかった言葉だった。自分でも驚くくらいの大声を出してしまった。
「馬鹿たれ、声がデカいったい」
「あ、すみません」
「でもどうして川屋さんが……?」
「石井が川屋の便所を覗いたことがあったんや」
牧野の話によれば、石井が川屋の中性的な顔に目をつけ、トイレを上から覗き込み、男性器がついているのか、とからかったことがあったそうだ。その数日後、石井は消えた。
ありえる話だ、と国府田は思った。石井のターゲットが自分だけだったはずはないのだ。
「でも、それだけで川屋さんだと決めつけるのは……」
「まだあるんやって。塚本が退学したやろ。塚本は石井の親父さんから頼まれて、お前と川屋の部屋を調べたらしか。お前の部屋からは何も出てこんかったが、川屋の部屋は全部の棚に鍵が掛かっとって何も調べられんかったらしい。寮では棚に鍵は掛けられんとやろ」
「ええ、私たちは鍵を持っていませんから」
「川屋は何か特別扱いされとることは間違いなか。それを知った後すぐ、塚本は退学になったやろが。川屋に何かした奴が次々と消えとるったい」
国府田の脳内を大量の思考が巡り、軽い頭痛を感じた。
国府田は、川屋自身に石井・塚本を消す動機があるとは考えたことがなかった。接点がないとしか思っていなかったが、それは自分の思い込みだったのかもしれない。
牧野は国府田の腕を掴んだ。
「友人が2人もやられて黙っとれん。あいつを警察に突き出さんといけん。何でもよかけん、川屋がやった証拠はなかか?」
国府田は牧野の勢いに気圧されそうになったが、かろうじて返事をした。
「すみません、川屋さんがやったと決まったわけではないので」
「……そうか」
牧野は国府田の腕を放し、うつむいた。
「すまんやったな。何か気付いたことあったら教えてくれ。連絡先を聞いといてよかか?」
牧野がスマートフォンを取り出した。意外すぎる申し出に、国府田は慌ててしまった。
「え、あ、え? あ、はい!」
「嫌なら無理にせんでもよかぞ」
「いや、大丈夫です!」
2人はメッセージアプリのアカウントを交換した。国府田は自分の顔が熱くなっているのを隠すのに必死だった。
国府田が状況を受け止めきれなかった。呆然としていると、牧野がためらいがちに口を開いた。
「悪かったな、色々」
「あ、いえ、大丈夫です……」
それ以上は言葉に詰まって何も言えなかった。
牧野と別れた後、国府田は石の上に座って考えをまとめていた。
川屋も石井を消したいと思っていたのなら、異常な親切心で隠蔽を手伝ってくれたことも、説明がつくのかもしれない。本当に冷酷な人物であれば国府田が全ての罪を被ることをただ喜んだかもしれないが、そこは川屋なりの感謝や同情などがあったのだろうか。
それとも、自分自身も石井を切り刻まないと気がすまなかったのか……?
あの日、楽しそうに石井を解体していた川屋の姿が思い起こされた。調べながらではあったが、異常に段取りが良かった。初めてのこととは思えなかった……
突然、スマートフォンのバイブレーション通知が鳴り、国府田は飛び上がった。川屋からのメッセージだった。
『寮に戻ってないみたいだけど、大丈夫?』
国府田は返事に迷ったが、無難な返事を返しておいた。
『大丈夫です、ちょっと買い物に行っていました』
川屋からの返事はなかった。
その夜は眠れなかった。考えるべきことが多すぎて、頭が回転を止めない。
トイレに寄った帰りに、気がつけば川屋の部屋の方に向かってしまっていた。悩みを抱えると、自然と足が向いてしまっているようだった。苦笑しながら引き返そうとすると、川屋の部屋の扉が開くのが見えた。
国府田は物陰に隠れて状況を観察した。リュックを背負った川屋が、足音を忍ばせて歩いていく。そして寮の出入り口の扉をゆっくりと開け、音もなく外へと消えていった。
国府田はしばらく、川屋が出ていった扉を見つめていた。真っ暗闇の中に一人で立っていると、不安が膨れ上がって内臓を押し潰していくようだった。
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