第7話 国府田くんは供給する

 山を下りながら、国府田は、殴られ蹴られている間に考えたことを話した。

 塚本と牧野は、石井をどうしたのかと聞いた。「殺ったのか?」も聞かれた。つまり、動画が途切れた後のことは何も知らないのだ。

 動画を見て石井を心配したのなら、すぐに駆け付けてきてもおかしくない。しかし石井を解体している間、芸術棟2階には誰も来なかった。2人が国府田に迫るまでに丸2日かかっており、その間、教師にも警察にも情報は渡っていない。すぐに行動を起こさず、秘密裏に行動できる機会を待ったのは自信がないからだ。国府田が石井失踪の原因であるという確証がないから、間違いであれば無かったことにできる状況を選んだのだろう。もし教師を巻き込んでおいて何もなければ、自分たちがいじめに関わっていたことが露呈するだけだ。

「……と思ったんですが、どうでしょう?」

 ここまで話したところで、川屋は立ち止まった。目を閉じて何かを考えこんでいる。

「でも、一応確認しようとしたってことは、若干の友情はあったのかな? 君が石井くんをどうしようがどうでもいい、ってならなかったのはなんでだろう?」

「あの2人が本当に確認したかったのは、私との上下関係だと思うんです」

 川屋は首を傾げた。ピンと来ていないらしい。

「彼らにとって、私は無抵抗の雑魚でなければならないんです。それが反抗してきたから、調子に乗らせてはいけない。そんな感情が原動力なのだと思います」

「……同級生同士なのに、凄い選民思想だね」

「ですから、私が雑魚のまま、劣っている人間のままだということを伝えればいいんじゃないかと」

「なるほど、だから情けない姿を盛大に見せてあげたんだ」

「それは忘れてほしいですが……彼らにとっては、見たかったものが見れたはずです」

「需要を満たすものを供給したのかぁ……」

 川屋はしきりに頷いて感心している。

「私も少しは、冷静に考えられるようになりましたかね」

「冷静っていうか、詐欺師って感じだね」

「そんなに悪質ですか!?」

「うーん……」

 川屋は再び黙ってしまった。そんなに自分は悪質だったのだろうか……? 国府田の不安をよそに、川屋はぶつぶつと話し出した。

「まだちょっと心配だな。動画が残ってたのは想定外だ。それが2人の手元にあるのは怖い。何かの間違いで外に出ちゃったら、ナイフも『場所』も映ってるから、警察が捜査する根拠になる」

 国府田もその懸念は感じていたが、あまり大きな問題だと思っていなかった。今の窮地を切り抜けた高揚感と、近日の衝撃的な体験の積み重ねで感覚がおかしくなっているのかもしれない。確かに、塚本・牧野の2人が沈黙を守る保証はない。

「2人のスマホを壊してしまうというのはどうですか?」

 川屋は険しい表情で首を振った。

「悪くないけど、不安が残るかな……今この状況でそんなことが起これば、犯人はキミ一択だよ。2人が騒いだら結局、警察が捜査に来るかも」

「なるほど……」

 自分が思っていたより状況は厳しいようだ。最悪のケースを想像しておいた方がいいのかもしれない。

 もし警察に動画が渡ってしまったら、どうすればいいのだろう。自首すれば、せめて川屋の存在だけでも隠し通せないだろうか……?

「自分だけでやったことにしようと思ってるなら、無駄だからね。キミと僕の2人で大きなバッグ抱えて歩いてるところが、どこかの監視カメラにバッチリ映ってるはずだよ」

 心を読まれてしまった。情けなさと申し訳なさで、本気で泣きそうになる。

 ずっと考えこんでいた川屋の表情がパッと輝いた。

「つまりさ、スマホが消えると同時に、2人も消えたらいいんだよ。それなら騒がれることもない」

 国府田は嫌な予感を覚えた。

「2人が消えるというのは、つまり……」

「2人が、例えば転落死する。スマートフォンもその衝撃で壊れる、または無くなったまま出てこない。ここまでやらないと確実じゃない」

 川屋は笑っていたが、底知れない冷たさが漂っている。国府田は気圧され、同意してしまいそうになった。

 しかし、国府田は踏ん張った。ここは折れてはいけない。石井の時のような恐怖と衝撃の連続は、二度と経験したくなかった。

「できるだけ、罪を重ねずにいきたいんです、川屋さん」

 川屋は冷たい目で国府田を見た。睨む訳でも、抗議する訳でもない、ただ静かな視線だ。

「今さら、気にすることじゃないよ」

「そうでしょうか?」

 冷や汗が背中ににじむのを感じながら、国府田は向かい合った。

「この狭い学校で2人も人が死んだら、事件性を疑う人は出てくるでしょう。そうすれば、その前の行方不明者も、同じ事件として繋がってるんじゃないか、と考えられる可能性は高い気がします。それはそれで、避けるべき事態なのでは……?」

「……なるほど」

 川屋は頷いた。国府田は緊張が解けた代わりに、一気に疲れを感じた。

「対策はあると思うんです。例えば……」

 川屋は一応、納得してくれたようだった。


 昼休みが終わる直前、一度寮に戻って着替えた国府田は、自分から塚本と牧野に声を掛けた。

 2人は不信と警戒の目線を国府田に向ける。

「土曜日のことを、先生に話した方がいいんじゃないかと思うんです」

「は? お前が?」

 塚本が国府田を睨んだ。国府田は目を反らして続けた。

「先生が、情報は何でも欲しいと言ってましたし。警察にも話した方がいいですよね……?」

 塚本は黙っている。代わりに牧野が低い声で返答した。

「なんで俺らに聞くとや」

「いえ、その……」

「いらんこつすんな」

「でも……」

「何もすんな。分かったか? 何もすんな」

「……はい、わかりました」

 オドオドとした態度を維持しながら、国府田は自分の席へ戻った。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。スマートフォンを確認すると、川屋からメッセージが届いていた。

『子供も事なかれ主義だね』

 先程のやり取りで、塚本・牧野は自分たちのことを『石井の仲間』として言及される立場なのだと改めて自覚したはずだ。もし動画が教師や警察に見られる事があれば、2人にも必ず調査の手は及ぶ。そうなれば無傷で済むとは限らない……そう思わせることができれば、かなり強力な心理的ブレーキになるはずだった。

 その作戦は成功したと思われた。結果として口止めをされているのは国府田の方になった。『チクるなよ』ということだ。

 国府田は川屋に、クマがバンザイをしているスタンプを送り、授業に意識を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る