第5話 川屋くんは抱きしめる

 午後1時を過ぎる頃、川沿いに到着した。雑草の茂る斜面を降りると、大きな丸い石が敷き詰められた河原が広がっている。2人は人目につかない物陰を探し、そこに荷物を下ろした。

 川屋は体力の限界を迎え、地面に寝転んでいる。

「水の量、十分だね。昨日の雨のお陰かなぁ」

 顔を近付けなければ声が聞こえないほど、川の流れは迫力のある音を出していた。

「人間一人くらいなら、流してくれそうですね……」

「そうだね、この川にも頑張ってもらおう。よっと!」

 川屋は反動をつけて起き上がった。

「では、始めます!」

「はい……!」

 2人はまず、上下揃いの雨合羽を着込んだ。返り血の影響を少しでも減らすためだ。ゴム手袋も用意してある。次は地面にブルーシートを広げ、その上にゴミ袋の中身を広げる。醜悪としか言いようのない、赤黒いグロテスクな塊が積み上げられた。

 心の準備はできていたつもりだったが、国府田は吐き気に耐えかねて目を背けた。全ての内臓が体内で暴れているような感覚に襲われ、身動きがとれない。

 突然、ドガッ!と大音が炸裂し、国府田は我に返った。川屋が骨をハンマーで砕いている。

「国府田くん、辛いなら休んでていいよ。僕が進めておく」

 手際が良いとは言い難かった。何度も打ち損ないながら、何度も何度もハンマーを振り下ろす。

「いえ、大丈夫です。ハンマーは私がやるので、川屋さんは包丁を使ってください」

「……分かった」

 この分担は正解だったようだ。川屋は包丁の扱いに慣れているらしく、スムーズに肉を切り刻んでいった。午後4時を回る頃、石井の死体だったものは全て、パックの肉よりも圧倒的に小さいサイズに分解し終えた。

「よし、これなら何の肉だったのか絶対に分からないでしょ」

「そうですね」

「あとは鳥と魚と微生物が、全部なかったことにしてくれるよ」

 川屋は血塗れの顔で微笑んだ。自分も似たような顔をしているのだろう、と国府田は思った。

 刻んだ肉と砕いた骨を、新しいビニール袋に詰め直し、2人は川の中へと足を進めた。

「うわっ、つめたっ!! 国府田くん冷たい!!」

「私も冷たいです! 頑張りましょう!」

 騒ぎながら奥へ進み、膝の下辺りまで水に浸かる箇所へ到達した。

「こ、こ、この辺でいいかな!?」

「いいと思います!」

 国府田と川屋は頷き合い、ビニール袋の中身を思い切り、川にバラまいた。

 ボチャボチャボチャ、と水が跳ねる音が無数に連打される。音が止んだ時にはもう、何も見えなくなっていた。

 国府田は川の流れる先を見た。川は山を割って、どこまでも続いているように見えた。

 このままどこまでも流れていって、全て無かったことにしてくれるなら、どんなに嬉しいだろう。石井の首を切った時、自分の人生も終わったと思った。これから先、辛いことしかないのだと悟ったつもりだった。まさかこんな形での乗り越え方があるなんて、夢にも思わなかった。

 涙が溢れてきた。次々と溢れだして止まらない。顔が歪んでいくのが分かる。これで全て終わった。全身から力が抜けてしまい、国府田は川に座り込んだ。

 背中から川屋の声が聞こえた。

「国府田くん、流されちゃうよ」

 返事ができず、頷くことしかできなかった。

 動けずにいると、背中に暖かいものが触れた。

「国府田くん、ごめん」

 川屋の腕が、国府田の両肩を包んでいる。

「……いえ、川屋さんは」

 川屋は自分を地獄から救ってくれた。謝られることなどないはずだった。

「国府田くんが、こんなに辛い目に遭ってるって知らなかった。もっと早く知ってたら……本当に、ごめん」

 鼻をすする音が聞こえる。川屋も泣いているのだろうか。

 しばらくそのまま、川の流れの中に、2人で座り込んでいた。


 日が沈み始める頃、2人は帰路についた。燃やせるものは燃やし、川で顔を洗うと、ほぼ痕跡は残らなかった。しかも帰りは荷物が軽い。楽な道程だった。

 電車に乗るとすぐに、川屋は居眠りを始めた。国府田もすぐに激しい睡魔に襲われた。到着予定時刻にアラームをかけ、眠気に身を任せた。

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