第2話 川屋くんはXXXXを水に流す

 川屋は国府田の横を素通りし、石井が死んでいる個室の中へと入っていった。

 川屋はしばらく出てこなかった。中でガタガタ物音を立てている。消耗しきっている国府田に、覗き込む気力はなかった。

 3分ほどして川屋が出てきた。右手には国府田が落としたナイフを、左手には正体不明の真っ赤な塊を持っている。

「取れたよ」

 川屋はそう言って、謎の物体を国府田に差し出した。体の部位を切り取ったものらしい。棒状の、小指のような……

「これひょっとして、石井の……股間の?」

 川屋は何食わぬ顔で頷いた。

「そう、ちんちんだよ」

「何してんですか!?」

 国府田は思わず大きな声を出した。川屋は首をかしげる。

「何って……ちんちんにやられたんでしょ? 敵討ちだよ」

「やられてませんよ!」

「お、先手必勝ってやつ? やるじゃん。ウェーイ」

「ウェーイじゃなくて」

 川屋が突き出した元・石井の陰茎を、国府田は掌で抑えこんだ。

「どうして川屋さんが石井の……それを、アレする必要が……つまり、死体損壊は犯罪……」

 川屋は床にしゃがみ込み、ペニスだったものをさらに細かく刻み始めた。

「話聞いてください」

「こうしないと詰まるからさ」

「詰まるって?」

「トイレが」

 当然でしょ、という顔で川屋は作業を続けた。国府田には言葉の意味が理解できず、立ち尽くすことしかできなかった。

「国府田くん、暇なら頼み事していい?」

「え、あ、はい……?」

「死体の解体の仕方を調べてくれない?」

「……なんだって?」

「死体を解体するにはどうやったらいいか、ネットで調べてほしいんだ」

 醤油を取って、とでも頼んでいるような、平然とした口調だった。

「調べるのは……できると思いますけど……解体するんですか?」

「うん。解体する」

 川屋は刻みおえた肉片をかき集めて立ち上がり、再び個室の中に入った。国府田もつられて中を覗き込む。

 川屋は石井の死体の股の間を目掛けて、肉片を放り込んだ。トポッ、トポッと間抜けな音を立てながら便器に落ち、赤い水滴が跳ねる。

「こういうのはさ、流しちゃえばいいんだよ」

 川屋はレバーをひねった。大音と共に赤い水が便器の中に吸い込まれていき、透明な水が新しく流れ込んできた。すぐに血が混ざって再び赤くなったが、先ほどまでよりはかなり薄い。

「水に流しちゃうのが一番いいよ」

 川屋は満面の笑みを浮かべた。川屋がここまではっきり感情を表したのを見るのは初めてだった。

 国府田はもう一度、石井の死体を観察した。生きていた頃の尊大さは失われ、小さくなってうなだれていた。開いたままの口から赤い粘液が糸を引いて垂れ下がり、目はあらぬ方を睨み付けていて、ボロボロになった人形のようだ。半脱ぎのズボンからのぞく青白い足も、枯れ木のように生気が失われており、簡単にちぎれてしまいそうだった。実際、すでにちんちんはちぎれている。

 強力な支配者だったはずの石井、巻き戻せない重大な罪だったはずの石井が、今では単に大きなゴミに見えた。ゴミのように消し去ることは可能なように思えてきた……


 2人は改めて、隠蔽作戦の大方針を話し合った。

 川屋の考えはこうだった。

「ごまかさなきゃいけない相手は3種類。石井くんの家族、学校、警察」

「石井くんは外面が良かったから、きっと家族も学校も、石井くんがいじめの加害者だってことを知らない。黙っていれば僕たちが疑われることはない」

「警察はテレビドラマみたいな詳しい捜査は絶対にしない。ちょっと探して見つからなかったら、行方不明ってことで決着がつく。気軽に家出なんかしちゃう年頃だしね」

 国府田はスマートフォンで死体の解体方法を調べながら質問を投げた。

「クラスの何人かは、私がいじめられてたことは知ってたと思うんですが。共犯者もいたし」

「大丈夫だよ。彼らはそれを、自分から言い出すことはしない。自分がいじめに参加してたってことをセットで話さなきゃいけないからね」

 K高校では、1年生でも大学受験を強く意識している。推薦や調査書に悪影響が出そうな問題を起こすことは誰もが強く忌避しているため、川屋の説明は説得力があった。12月にもなれば『そんなことより期末テストだ』となりそうな集団だった。

「でも、警察が探しても見つからないようにアレを処理するなんて、可能なんでしょうか。髪の毛1本でも見つかったらバレるんじゃ……排水溝から血液反応とかも出るだろうし」

「おー!」

 川屋は歓声をあげ、国府田を肘で小突いた。国府田は滑って転びそうになってしまった。

「鋭いね! けっこう推理小説とか読む方?」

「いや、そういう訳ではありませんが……子供の考えることには限界があるというか」

「国府田くんは慎重派だね」

 川屋はニンマリと笑って人差し指を立てた。普段の姿からは想像のできない明るさだ。

「大人ってのはね、皆、事なかれ主義なんだよ。特に警察なんてそう。下手に事件が起こっちゃうと、解決しなきゃいけない。その労力を使いたくないし、解決できなかったら失点になっちゃうから、できるだけ事件じゃないってことにしたがる。国府田くんの心配は、警察が石井くん殺人事件の操作を始めたら逃げきれない、ってことでしょ。でも警察の人は、石井くんがまだこの世のどこかで生きてるかもしれないと言える限りは、殺人として細かい捜査をすることはないよ」

「そうでしょうか? 長年の捜査でやっと犯人を逮捕、みたいな話もよく聞きますが……」

「それはニュースにし易いだけだよ。その辺の人に聞いてみたら、すぐに分かる。警察に犯人を捕まえてもらったことがありますか?って。半分以上の人は不満を口にすると思うよ」

「そういうものですか……」

 川屋の言う通り、大人は皆、事なかれ主義かもしれなかった。国府田の周りの大人の誰かが、自分の状況に積極的に関わってくれれば、ここまで追い込まれることは無かっただろう。現状は大人の『事なかれ主義』の結果だと考えると、希望はあるように思われた。

「だといいなって感じ」

 国府田はスマートフォンを落としそうになった。

「それじゃダメでしょう!?」

「大丈夫、大丈夫。もしダメでも、少年法が僕たちを守ってくれるよ」

「最近は少年だって厳罰主義みたいですよ……!」

 ついでに調べた限りでは、16歳以上の少年が殺人を起こした場合、原則として成人と同じように裁判で裁かれ、刑務所に入る必要があるようだった。残念ながら国府田はもう16歳になっている。

「で、どう? いい方法あった?」

「それが……ちょっと難しいかもしれません」

 国府田は死体の解体方法が詳しく説明されたウェブサイトを開いたまま、川屋にスマートフォンを渡した。過去の犯罪例を挙げながら、肉を削ぎ落とし、骨を砕いてトイレに流す方法が事細かに説明されているサイトだった。

「あー、これは確かに難しいなー。自宅の風呂場が自由に使えないとダメだ。一人暮らしの大人専用だ」

「そうなんです」

 記事によれば、過去の猟奇犯は一人暮らしのマンションの中で、冷蔵庫などに死体のパーツを保管しながら、台所や風呂場などで2週間ほどの期間をかけて死体を処理していた。対して、国府田も川屋も高校の寮で暮らしている。同じ対応は不可能だった。

「他には薬品で溶かすとか、高温で骨まで焼くとか、まぁ私たちには無理です」

「子供って無力だよね……」

 川屋は肩を落とした。気分の上がり下がりが激しい。

 数秒後、川屋は顔を上げ、石井の死体を再度詳しく観察しはじめた。

「よし、持ち運べるサイズにするのだけやろう」

「持ち運ぶって、何処へ?」

「それはこれから考えるけど。今日って土曜日じゃん。明日、できるだけ遠くに持っていって、捨てちゃおうよ。佐賀とか大分とか、県を越えたら、たぶん捜索もしないと思うな」

「なるほど……」

 川屋の口調は軽い。明日ちょっと遠出して買い物に行くような、そんな気軽なレベルだった。だからこそ、国府田は実現可能性を感じる。

「半分にできれば、入るバッグを持ってます」

「僕も、半分なら収納できると思う。決まりだね!」

 川屋は満面の笑みを国府田に向けた。国府田もつられて頬をほころばせる。

 2人の共同作戦が開始された。

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