第2話

「すみません、せっかくの休日に呼び出して」

「いえ、そちらこそお忙しいのにすみません」


 彼女はあの出来事から数日後に連絡をくれた。一瞬普段のくせで電話番号をネットで調べようとしたけど、あの会話ですぐに想起させられた。


 でも今考えてみれば、お礼をしてもらうがために来ている自分がいるような気がして少しバツが悪い。


「あ、私一ノ瀬悠いちのせはるかっていいます。ゆうって書いてはるかって呼びます」

「一ノ瀬さん、ですね。僕の名前は……付箋を渡した時にご存じですよね?」

「はい、松村駿まつむらしゅんさん……で合ってますよね」

「大丈夫です、合ってます」


 普通に自己紹介をしただけのはずだったのに。側から見ればまるで新入生のような挨拶の交わし方。その状況に懐かしさで思わず可笑しくなりそうで。


「どうしたんですか?」

「あ、いや、こんな挨拶の仕方したの制服着てた時ぶりやなって」

「制服って笑 まぁ確かに、懐かしいような気もしますね」


 笑って、くれた。こんなしょうもない思い出し笑いで優しく笑ってくれるなんて今では有り難さでみる。もしかしたらこんな俺に気を遣わせただろうか。


「た、体調はもう良くなりましたか?」

「その件については本当に助かりました! すっかり元気です、ありがとうございます」


 頭を抱えながら照れる様子が窺えた。倒れても挙動一切無く慣れた感じで話していたから、持ち病でも持っていたのかと思っていたけど、本当にただの体調不良だけだったようだ。


 でも、一瞬目を逸らして……曖昧な表情を見せたような。


「そう、そのお礼がしたくて今日呼んだんですけど、」

「あ、はい、」



「松村さんって人が作ったもの食べられないとかありますか?」

「……ん?」


 出会って数分で、食の好みか……??


 俺の返答を待ちながらも鞄から取り出したのは小さな布で包まれた何か。恥ずかしそうに見えた包みの中に入っていたものとは、


「……え、これ全部一ノ瀬さんが作ったものなんですか!?」


 辿り着いた公園の芝生にシートを敷いて、その上に並べられたのは理想のピクニックフードばかりだった。さまざまな種類のあるサンドイッチに、だし巻き卵や唐揚げなどが入ったおかず弁当まで。


「実は私栄養士目指してて」

「すごい、全部輝いて見える……」

「こんなもの、普通に誰でも作れますよ」

「いや、俺なんて料理できないですよ。毎日外の食事ばっかりで」


 なんか自分で言っておいて自身の食生活の偏り方に申し訳なさと虚しさを覚える。友達にも料理を趣味とする男性がいるけど、本当に感心ものである。


「だったら一ノ瀬さんの食事、これから私が作っちゃダメですか?」

「……へ?」


 ――聞き間違いか……?なに、これからって。

 彼女の手が俺の手に触れた。優しいようで、力強く、まるで懇願するような。


「あの、一ノ瀬さん?」



「――実は私、松村さんに一目惚れしちゃったみたいです」



 次に返答が返ってきたと思えば、この一言。この人、何言ってんだ。


「一目惚れ?え、俺にですか」

「はい、そうです」

「それは、俺から介抱してもらったからっていうフィルターがあるとかやなくて、」

「違います、! なんかこう、ビビッときたんです」


 耳横で人差し指を立て上げて、ビビッとって……。そんな漫画の世界でもないんやし、ましてやいい歳してそんな。


「冗談やめてください。俺、詐欺みたいなつもりなら帰ります、」

「違うんです、本気なんです。まずは話を聞いてください、!」

「俺はっ!! もう恋愛しないって決めてるんです!!!」


 掴まれた腕を振り払って放った言葉。――放ってしまった言葉。


 おどおどと見直せば、一ノ瀬さんの動揺した瞳孔で我に返った。大人げない自身に嫌悪感を抱きながら、俺はゆっくりとその場に座り直した。


「すみません、大きな声出して」

「いえ、私が原因なので……」


 冷たくなってきた地面に二人の空気感が重なる。こちらから話を切り出していいものかと戸惑い気味にチラッと横を見ると、彼女の口が開いたのに気付き、すぐに前に視線を戻した。



「私、死ぬんです。春になるまでに」

 

 

 胸がドクンと。1度強く鳴り響いた。

 その音とは反対に、彼女の声は穏やかで、優しかった。

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