第20話 八木山家

「ただいま。荒井家からお客さんだって?」


 うろ穴の中に普通の貂より二回り以上の真っ白い大貂が入ってきた。周りが人間に化けているので、人間の姿を想像していたので少しだけ混乱した。


 思えばここが巣なのだから、人化する必要は皆無である。


 欅はすぐさま変化を解いて狐の姿に戻った。目上の者と話すとき、特に理由がなければ目上の者に化け方に合わせる。人に化けていれば人に、木に化けているなら木に、化けていないのであれば化け術を解くのが狐狸貂猫の礼儀であるからだ。


「お初お目に掛かります。荒井柳ノ助あらいりゅうのすけが三女、欅と申します」


「これはこれは、ご丁寧にどうも。八木山家頭領の八木山藤十郎やぎやまとうじゅうろうです。どうぞよろしく」


 まるで日本昔話の絵本のように、大貂と狐は互いにお辞儀し合った。


 青タン三姉妹は、その様子を面白そうに眺めて、狐姿の欅に抱き着いてきた。


「お夕飯は?」

「まだだが、欅ちゃんの話を聞こう」

「いえ、アタシは時間がありますからいくらでも待ちます」


 欅はなるたけ下手に出ようと決めていた。


「そわそわしながら飯を食いたくないんでね。話してもらえた方が有難い」


 だが、向こうからそう言われてしまっては仕方がない。欅は覚悟を決めた。


 母親から窘められ、三姉妹は欅から離れたが、すぐ後ろに仲良く並んで座っていた。


「先ほど奥様にはお話ししましたが、こちらのご長男である八木山萩太郎殿が富沢家に捕まっております」

「あぁ、昼間そんな話を聞いたな」

「ご存じなのですか」


 もっと違う反応をするかと思っていた欅は、肩透かしを食らった。どこで誰から聞いたのかよりも、何をどう聞いたのかが気になり、欅の胸中を嫌な感覚が走った。


 藤十郎の表情からは何も読み取れなかった。そして何も知らないのか、朗らかな口調で続けた。


「相変わらず瘋癲ふうてんをしている。ひょっとして荒井家も関わっているのかい? そうだとしたら迷惑をかけるね」

「いえ、そんな事はありません」

「それを知らせに来てくれたのか?」


 それもありますが――と、欅は一呼吸を置いた。そして頭を下げながらきっぱりと言う。


「その事も踏まえた話なのですが、萩太郎殿を助けては頂けませんか?」


 沈黙があった。


 欅は恐る恐る藤十郎の顔を見た。そこには物思いに耽っている顔があった。


「話が見えないね。辛い物言いは言葉の綾だが、ウチの萩太郎がどうなったところで荒井家には何の関係もないはずだ」

「荒井家の者として動いているのではないのです。アタシは友達として動いております」

「ほう…友達」


 藤十郎はあからさまに驚いたのが分かった。


 八木山家当主の相手をしていることや、全く読めない藤十郎の顔つきなどに動転してしまった欅は、耐えきれず口が決壊したかのように捲し立てて喋り出す。


「訳はアタシの口からはお話しできません、無茶で自分勝手で無礼な進言は百も承知です。ひょっとしたら、泉家の青鹿という猫が事を収めてくれるかもしれません。しかし、萩太郎がいれば盤石に事が運びそうなんです。けど、アタシだけじゃアイツを助けらない」


 つい感極まってしまった。


 藤十郎は至って落ち着いたまま、尋ねてきた。


「一つ聞きたい。もし話せないならそれは構わない。答えられる範疇で答えてくれれば構わない」

「はい」


 いったい何を聞かれるのかと、体を強張らせた。


「あいつは…萩太郎は自由になったとしたら誰かの為に動くつもりなのか」

「そ、そうです」


 欅が頷くと、再び間があった。


 藤十郎は深く何かを考え込んでいたが、やがて細君と顔を見合わせると急にすくっと立ち上がる。欅は何かをしくじってしまったのかと、尻尾の毛が逆立って針のようになってしまった。


「ったく、アイツと来たら、面倒ごとばかり起こして。誰に似たんだろうな」

「そりゃあ、貴方と私に似たんでしょうね」


 細君から笑い声が漏れた。


 途端に雰囲気が和やかになってしまい、欅は細君の笑い顔が萩太郎と似ているななどと気楽な事を思った。


「けど聞いただろう。あの萩太郎が友達の為に動く気を起こしているそうだ」

「ええ。しばらく見ないでいたら、そんな事になっていたのね」

「早速、明日にでも富沢家に出向くとしよう」

「使いを出しますか?」

「そうだな。いや待てよ――」


 藤十郎は悪戯に笑った。


「――どうせなら、もっと大事にしてやろう」


 八木山夫妻のトントン拍子の決定に、欅はすっかり置いてけ堀を喰らっていた。それは欅の傍にいた青タン三姉妹も同じだったが、自分の両親が珍しく、まるで子供の様にはしゃいでいるのにも気が付いていた。

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