第19話 狐仙台

「普段、家の事をしてこなかったツケが回ってきた訳よね」


 時同じく仙台では、欅が自笑してぼやいていた。


 仙台に残った欅は、萩太郎を助けるべく広瀬川に架かる愛宕大橋を南へ渡っていた。茂ヶ崎にある八木山家を訪ねるためである。兎にも角にも二匹だけでは太刀打ちができないということで、八木山家と富沢家を引き合いに出そうと青鹿は考えた。


 少なくとも、萩太郎が富沢家に捕まっているという事は話しておいて損はないはずである。貂族は狐狸貂猫の中で最も仲間意識が強い。一匹では化け術が使えない貂族は必然的に結束力は強くなるからである。そうでなくとも、八木山家が動いてくれる可能性は高い。萩太郎は現八木山家当主の長男、つまり立場としては跡取りだからである。


 萩太郎は嫌がるかもしれないが、現状を打破するには打っておいて間違いない手だった。尤も青鹿がうまく事を運び、海潮と姫が恙なくくっ付いてしまえば話は済むのだが。


「どこ行ったって本家の雰囲気は好きじゃないのに」


 欅は自分の心中を呟いて、仕方ないのだと納得させようとした。


 家からも、どちらかと言えば疎まれている自分が他家の、しかも当主筋の家を尋ねると思うと色々と気が重くなる。どちらかと言えば、何でも飄々とそつなくこなす青鹿が仙台に残り、姫と海潮の顔を知っている欅こそが鳴子に出向ければ良かったのだが、そうできない理由があった。


 欅は極度の方向音痴なのだ。住み慣れた仙台でさえ時たま迷うことがあるというのに、初めての土地に単身乗り込むなど遭難必至である。


 広瀬川は黄昏の光をたゆたゆと吸い込んでいる、そんな時刻になっていた。


 八木山家の当主である八木山藤十郎は、明後日に行われる狐狸貂猫の七夕祭りの会議に出席していて不在であり、戻るのがこの時間になるという事は予め分かっていた。


 分かっていたが実際に動けないというのは、とても歯がゆいのだと欅は少々焦っている。


 橋を渡った先は切って付けたように、山と住宅街が隣接し、山沿いに建物が続いている。


 コンビニの駐車場にて訪問前に一服すると、欅は人目に付かぬようにマンションの裏手で狐の姿になり、森の中の道なき道を進んで行った。やがて八木山家の縄張りに入ると、木陰から見張りをしていた二匹の貂が顔を覗かせた。


「おや、荒井のとこから狐が来たよ」

「悪いんだけど、牡丹と香菊と紅葉を呼んでくれない?」


 欅は余計な事態になるのを避けるべく、青タン三姉妹に取り次いで貰おうと思った。


「どうする?」

「いいんじゃないの、荒井家だし。よく見たら荒井欅だ」


 二匹の貂はここで少し待っていろ、と言い残し森の奥へ消えて言った。不本意ながら自分の『荒井欅は面倒見の良い子供好き』という不名誉な噂に感謝した。


 やがて人間姿のまま、何故か包帯や絆創膏を付けた青タン三姉妹がやってきた。欅はゾクリと嫌な予感がした。


「ケヤキ姉ちゃん」

「どうしたの? まさかあの後、狸にやられたの?」

「違うよ。家に近道しようとして崖から滑り落ちたの」


 安心したいけれど、心配になることを言われ、欅はよく分からないため息が出た。


「けやき姉ちゃんも大丈夫だった? 昨日の付いてきていたの狸だったでしょう」

「平気よ。今日はね、お願いがあってきたの」

「「「お願い?」」」


 三匹の声が重なった。


「あなた達のお父さんとお母さん―――いえ、八木山家のご頭首に会わせてもらえないかしら?」


 ◇


 案ずるより産むが易し――とはよく言ったもので、あっけなくお目通りが叶った。三姉妹に連れられて、森のうろ穴に入ると化け術でまるで応接間に見せかけた部屋に案内された。青タン三姉妹が幻術の主なのか、子供染みていてところどころが可愛らしかった。


 再び人に化け、椅子に腰かけてしばらくすると、恐れ多くも当主の細君である八木山菫がお茶を運んで持ってきた。


「待たせちゃって、ごめんなさいね」

「いえ、こちらこそいきなり押しかける形になってしまい、申し訳ありませんでした」


 初めて会ったが、話に聞いていた通りの性格であるのが所作や声から伝わってくる。良く言えば柔和、悪く言えば天然というのが、よく聞く八木山家当主夫人の評話である。


 どうしていいか分からない欅は、取りあえず失礼が無いように畏まっておくことにした。


「いいのよ、気にしなくて。ウチの旦那は七夕の準備で出かけてしまってるから、私だけで申し訳ないのだけれど、大丈夫かしら。夕飯には戻って来るって言ってたんだけど」

「ええ、アタシは構いません」


 細君の耳に入れておけば当然、当主にも伝わるだろうから問題ではない。


「良かったわ。それでどんなお話しかしら、家同士の会合に出たことは何回かあるんだけど、他家の化獣さんとこうやって話すのは初めてかも知れないわね」

「アタシもです」


 細君の物腰の優しい態度に欅はホッとした。自分も少し緊張を解くと自己紹介も程々に話し出した。けれども、神婚の話題はあえて伏せておくことにした。肝心なところが不明瞭になるが、様子を見るためにそうした方がいいだろうと言うのが二匹の出した結論であったのだ。


「欅ちゃんの話は分かったけれど、どうしたらいいのかしらね。まず、ウチの萩太郎を助けるのが先決かしら」

「一番はそれですが、富沢家と八木山家の問題になってしまうのではないでしょうか?」

「そうよねえ、カチコミって訳にも行かないだろうし」


 おっとりとした口調に最も似合わない単語にドキリとした。


 八木山家に動いてほしいのが本音だが、それが種になり揉め事になってほしくはない。


「それは一番やめた方がいいかと」

「けど、こっちの長男が軟禁されてるってことを考えると、向こうも文句は言えないんじゃないかしら」


 確かに言う事も尤もだ。大義名分はある。


「けど、やっぱりそうなると何でウチの息子が捕まってるかって事なんだけど、やっぱり話してはもらえない」

「それは――」


 それを話すかどうか、青鹿と欅は最後まで迷っていた。


 萩太郎が捕まっているのは、神婚を妨害しようとしているからだ。それ聞いた八木山家がどう働くのか、全く予想できない。文字通りに神様が関わっている事態なのだ。万が一、富沢家や風梨家の動向に賛同されてしまうと、いよいよ青鹿の失敗が許されなくなってしまう。


「旦那にだったら、話してもらえるかしら?」


 しかし予想通り、話さずに事が運びそうにはなかった。ならばせめて、直接相手の顔色を窺いつつ話せるように細君の申し出に従う事にする。


「それなら旦那が帰ってくるまで、時間があるから夕ご飯にしましょうか。食べてって」

「いえ、待たせてもらいますが、夕飯までご馳走になる訳には」

「いいのよ。牡丹や香菊や紅葉がいつも遊んでもらってるみたいだから、お礼もしたかったしね」

「はあ」


 意外にも強引に押し切られ、言われるがままご馳走になることにする。母親から呼び出され、事情を聞いた青タン三姉妹は飛び跳ねて喜んでいた。


 やがて夕食を食べ終わり、そのお礼も兼ねて三姉妹と遊んでいると外が騒がしくなったのに気が付いた。


「あら、帰って来たみたいね。おかえりなさい」


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