第18話 鳴子温泉の狸親父
「何だいそりゃ、いつも酒の肴にしてた奴だろう」
「そうなんですがねぇ。知らない奴だから面白い話ってあるでしょう?」
「まあ、そういうのもあるかな。確かに身内だったら笑えんこともあるだろうからね」
身近に思い当たる輩がいるのかいないのか。親父は納得していた。
「幸い、女の子の顔は分かるんで見つけてやろうと勇ましく出てきたんですが、如何せん広くって難儀してた次第です」
「で、足湯に浸かってんのか? とんだ馬鹿野郎だな」
「そこは、ほでなすって呼んでください」
親父は一瞬だけ呆けた顔をした後に、ほでなすの言葉が頭に通ったのか一気に笑い出した。
「あっはっは、こいつはいいや。益々気に入った。俺も探すの手伝うよ」
「それは嬉しいですけど…流石に」
青鹿が遠慮がちに答えると、親父は景気よく肩をバンバン叩いてきた。
「気にすんな。これでもこの辺りに顔は利くんだ。それに手段を選んでる場合でもないだろう」
「おっしゃる通りで」
青鹿はつい笑ってしまった。
「で、いつまでに見つけりゃいいんだ」
「遅くとも明日までには」
「まぁた急な話だな、少しは考えなかったのか」
「何とかなると思って出てきました」
「こりゃあ筋金入りのほでなすだ」
「こんなのが仙台には、後三匹はいます」
そう聞いた親父はニンマリと笑ったのだった。
「もし仙台に行くことがあったら見物にいかにゃならんな」
「酒さえあれば、貧乏神でも歓迎しますよ。ほでなすですから」
親父と青鹿は、残っていた酒を全部飲み干した。
駅前をお婆さんに連れられて散歩していた犬が、こちらを睨み怒り狂ったように吠えてきた。正体がバレているのかも知れない。
「で、どんな連中を探せばいい?」
「大学サークルの卒業旅行らしいんで、そんな連中を探してくれると助かります。ええと、確か伝統芸能研究会とやらの卒業旅行だそうで」
「ふむ。こんな時期に学生の旅行は稀だ、誰かの目には付いてるだろう。見つかったらどうする? 携帯は持ってねえのか?」
「お恥ずかしながら」
言われる通り、せめて携帯電話を持っていれば、幾らか苦労は緩和されるのだろうが、そんな高級品を持てる狐狸貂猫は稀だ。『お役目』を担っていない期間は金銭を稼ぐのが難しい。何故ならば住所不定だからである。
とある試験に受かれば風梨家の許可を得て住所を借りられるのだが、そんな苦労をしてまで金を稼ごうとする狐狸貂猫は少ない。街に出てくれば案外食べ物には困らないし、人と違い雨風さえ凌げれば寝床には文句はない。着飾ることも基本的にはしない。するとしても服ごと化けてしまえばいいだけである。分別もない連中は昔話よろしく、木の葉を小銭に変えて時折問題を起こしている。
親父はやれやれと言いながら、
「仕方ねえか、持ってる奴は少ねえからな……よし、見つかったらボヤ騒ぎでも起こすか」と、物騒な提案をしてきた。
「危ない事を考えますねぇ。どうすんですかその後」
「なんとかなるだろう」
至って普通の事のように言ってのけた。
「暢気なもんですね」
親父はいそいそと足湯から出ると、足を拭き下駄を履いた。その装いからは古き良き時代の香りが漂ってくる。機嫌も大分良さそうだ。
そして帯に乗っかったでっぷりとした腹太鼓を叩くと、自信満々かつ悪戯好きそうな顔をしている。青鹿は思わず懐かしくなった。
「それが俺たちってもんよ。そっちこそ、気ままにのんびり足湯なんぞに浸かりやがって」
「仕方ないですよぉ、それがオイラ達ってもんだ」
親父はそう聞くと、益々機嫌を良くして言った。ひょっとすると、こんな片田舎でも狐狸貂猫を取り巻く環境は変わってきているのかも知れない。それは仕方のない事だと、頭ではもちろん理解できている。
けれども青鹿は、猫は気ままで狸は暢気と、昔から続いてきたものは変わってほしくはないと思っているし、そんな簡単に変えられるものではないと信じている。
「良くも悪くも、絵に描いたような猫野郎だな、兄ちゃん」
だからその言葉は青鹿とって、とてもとてもうれしいモノだった。
青鹿は親父と同じようにニンマリ笑って、久しく忘れていたものを思い出させてくれた感謝を伝えた。
「こっちも久々に狸らしい狸に会えました」
「なんだ、仙台の狸は違うのかい?」
「そりゃあもう。目の色変えてシャカリキなんで」
「それは、全くもってけしからんな」
まるで我が子の不始末を詫びるように言った。遠い地の一族の話とは言え、同族のことは気になるのだろう。
また後でな、と言い残しカランコロンと下駄を鳴らしながら堂々と去って行くその親父の後ろ姿は、青鹿の目には、子どもの頃に世話になったとある狸のそれに重なって見えたのだった。
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