第4話

 今日の稽古は中止となった。

 商人がマルクのためのドレスを作って城に持ってきたからだ。

 彼は真新しいドレスを着せられ、午後は庭園でのお茶会に参加させられ、そしてわらわれる。


 軍服姿のヴィヴィは血眼で城中を駆けていた。

 もちろん師匠を探すためだ。お茶会を中止にしなければならない。

 中止にする為の策があるわけではないけれど、とにかく彼を見つけなければ。


 邪魔をすれば王女に何をされるかわからない。

 それはわかっている。しかし師匠の威厳を守ってやりたいという気持ちのほうが強い。

 それに、王女が彼に嫌がらせをする理由は明白だった。

 ヴィヴィがお茶会で彼の名前を出したから――。


「ヴィヴィアンヌ様!」


 廊下の角から初老の女中頭が現れ、心の中で神に感謝した。彼女ならこの城のどこで何が起きているかを全て把握しているはず。


「聞きたいことがあるんだ。マルク先生は今、どの部屋にいるんです?」

「マルク様にご用ですの? でも王女様があなた様をお呼びですわ。王族に呼ばれる以上に大切な用事があって?」

「でも」

「さあ、早くおいでなさって。……あらっ、どちらへ!?」


 女中頭を振り切りヴィヴィは駆け出した。廊下を曲がろうとして誰かとぶつかりそうになり、慌てて足を止める。


「ヴィヴィアンヌ様」

「きみは、たしか」


 よく仕事をサボって稽古を見に来る侍女の一人だ。たしか、ヴィヴィのファン。顔は思い出せるが名前までは知らない。


「エメと申します。王女様がお呼びですよ。三階の西のお部屋で面白いものが見られるとか」

「面白いもの?」

「ええ、王女様のお人形が増えるそうです。なんでも、とても妙なお人形だとか。道化が何かでしょうか?」


 侍女の言葉を聞いて、額に青筋が浮かびそうになる。

 己の師匠は妙な人形などではない。

 しかし、目の前の彼女に罪は無いのだ。ヴィヴィは深く深呼吸し、エメの手を取った。


「そんなことより、ずっときみが気になっていたんだ」


 顔を近づけ耳元で囁く。


「きみのこと、もっと教えてほしいな」

「い、いけませんわ」


 侍女の頬が赤く染まっていく。


「先ほども申し上げたように、王女様がお呼びですから」


 彼女は首を横に振りながらも、ヴィヴィアンヌを映す目をきらりと光らせていく。

ヴィヴィは「いけません」と繰り返すエメの手を引き、人気の無い部屋にもぐりこみ、そして、



 服を脱がせた。





「……ヴィ、ヴィヴィアンヌ様~!?」

「風邪を引かないように、ぼくの軍服を着ていて!」


 剥ぎ取った侍女の服を着こみ、髪もキャップにしまって変装したヴィヴィは部屋を飛び出した。エメには申し訳ないけれど謝っている時間は無い。


 三階の西側の部屋を目指した。途中で険しい顔つきの女中頭と通り過ぎたが、お辞儀をするふりをして顔を伏せたら何とかやり過ごせた。


 ――ここだ!


 西の部屋に飛び込み息を呑む。

 見知らぬご令嬢が佇んでいたからだ。窓辺に立つ姿の可憐なこと。よく見れば、ドレスを纏いかつらをつけた師匠だった。


「うそ……」


 我が目を疑うヴィヴィとドレス姿のマルクの間に、一人の女性が立ち塞がる。


「勝手に入られては困ります!」


 女中頭と同じくらいの年齢の女性が声を荒らげる。


「マチルダ。彼女なら大丈夫」


 マルクは慣れた様子で制す。おそらく、マチルダはマルクの家から付き添いでやって来た侍女なのだろう。


「先生。これは……?」

「マルク! 新しいドレスはどうかしら~!?」


 ドアが再び勢い良く開いた。入ってきたのは悪魔、ではなく王女だった。扇子の下で意地悪く顔を歪めている。


「あら、ヴィヴィ!? こんなところにいたのね! 探したのよ。一緒に面白いものを見ようと思って……。あら、どなた?」


 王女はご令嬢にやっと気がついた。その目は憧れのお姉さんを眺めるようにうっとりとしてしている。しかし彼女の正体がわかると、途端に顔を引きつらせてしまった。


「マ、マ、マルクなの!?」


 着飾ったマルクは王女に向き直り、恭しく膝を曲げた。


「このような素敵なドレスを頂戴し有難き幸せに存じます。王女様」


 完ぺきなお辞儀をされた王女は、わなわなと震え始める。


「こ、これじゃ、恥をかかせるどころか……っ」


 王女は本音が漏れかけた口をもごもごさせ、「この話は無しよ!」と怒鳴って身を翻し、部屋から飛び出て行ってしまったのだった。






 マルク、そしてついでにヴィヴィへの嫌がらせが実行されたのは、その次の日だった。「私の人形のおりをしてなさい」と言い残し、王女は城下街に出かけて行ったのである。


 ヴィヴィはサイズアウトの心配の無い軍服を着て、王女の寝室に一人立っていた。

 ベッドには王女のお人形が寝かされている。彼女はこれをボディガードしていろと仰せつかった。最高の嫌がらせだ。


 窓の外からは日差しが入り込み、室内はぽかぽかして欠伸あくびが止まらない。

 マルクは寝室の中にはいない。扉の外側に立って真面目に警護しているはず。

 ヴィヴィは欠伸のし過ぎで潤んだ目を擦り、人形を睨みつける。


「おまえ。ぼくがベッドで昼寝したら王女に告げ口する?」


 人形に尋ねてみたが、微笑んでいるばかりで答えない。よし、昼寝しようと決めたが思い直した。自分だけ夢の中に行くのは不公平だ。

 ヴィヴィはドアの前に立った。


「先生。いますか」

「もちろん」

「一緒に休憩しましょう」

「休憩? ……あっ」


 扉を少し開け、ヴィヴィアンは同じ軍服姿のマルクの腕を引っ張り、中へ誘い込んだ。

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