第3話
「てっきり見知らぬご令嬢がいらしているのかと。素敵ですね。お似合いです」
ヴィヴィは、微笑む彼をまじまじと見返した。この男、意外にもお世辞が言えるらしい。
ドレスと柔肌の上に彼の視線が滑っていく。指先でなぞられているようで、こそばゆくなった。
「ど、どうも……」
「どうかされましたか?」
ドレス姿の弟子の態度にマルクは首を傾げる。
「そのようにじろじろと見られては困ります。……嫁入り前なので」
「ああ、それは失礼いたしました」
それでは、と立ち去ろうとして、ヴィヴィも彼の装いの変化に気がつく。
「その服……」
彼の軍服が、真新しくなっているのだった。
「新調してもらったんです。窮屈になってきましたから」
「まだ背が伸び続けているのですか?」
マルクの視線を浴びたことによるくすぐったさは消え、代わりに胸に
片やドレス。
片や新しい軍服。
胸に燻ぶるこの気持ちの名前は……、
「「羨ましい」」
口から漏れ出した本音にぴったりと重なったのは、マルクの言葉だった。
はっとお互いに見つめ合う。彼自身も己の口から出た言葉が意外だったようで、乙女のようにそろえた指先を口に当てている。
「う、羨ましい?」
ヴィヴィは師匠を見上げ、首を傾げた。
羨ましいって、一体何が?
近衛兵様が小娘の何を羨ましがるというのだろう。
「し、失礼いたします」
マルクはお辞儀をしてそそくさと去って行ってしまった。
耳たぶが赤かったのは、気のせいだろうか。
剣が弾きとばされた。
稽古はいつも、剣が弾き飛ばされたところで終わる。
しかし今地面に落ちたのは弟子ではなく、師匠の剣だった。
「せ、先生……?」
ヴィヴィはマルクを呆然と見返した。彼は尻もちこそついていなかったが、体勢を大きく崩している。これが実戦だったら確実にとどめを刺されていた。
「……あなたの勝ちです。お強くなりましたね」
息を切らしながら師匠は言って、これで降参だというかのように兜を脱いでしまった。
ヴィヴィの体温が上昇していく。相手を打ち負かしたことによる喜びではなく、怒りで。
「手加減しましたね?」
尋ねるが彼は何も言い返さない。
「先日、私のドレス姿を見たからですか? あれは人形ごっこに付き合わされただけです。女だと思って手加減したのなら、ぼくは先生を許しません!」
無礼にも叱責されたマルクは意外そうに瞬きを繰り返し、そして目を伏せた。
「勘違いさせたのなら申し訳ない。ですが違います。稽古を頼まれた以上、私は相手の性別や身分によって手加減しません。誰であろうと本気で臨みます」
「じゃあ、どうして」
「情けないことに、私の気持ちの乱れが原因なのです」
「何かあったのですか?」
訊くと、マルクは小さく頷いた。
「お茶会に呼ばれたのです。王女様の」
「お茶会に?」
彼女はマルクの名前すら聞きたくないと言っていたはず。それなのに気が変わったのだろうか。招待された師匠も、稽古に身が入らなくなるほどお茶会が嫌なのだろうか。
暗い面持ちのマルクを前に、ヴィヴィは「でも」と続けた。
「侍女たちは大喜びですよ。ぜひ新調した軍服でお茶会にいらしてください」
マルクは首を横に振り何故か自虐気味に笑う。
「軍服ではなくドレスで、とのことでした」
「ド、ドレス!?」
ヴィヴィは紫色の目を真ん丸に見開いた。
「先生が、ドレスを着てお茶会に出る、ということですか?」
「その通りです。それはそれは豪華なドレスを作ってくださるとのことですよ」
「王女様は、どうしてまた……」
「お人形を増やしたいそうです。……愛でるためではなく、嘲笑うための」
「……」
「失礼します」
マルクは会釈して去っていく。
ヴィヴィは呆気にとられ、背を追うこともできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます