第2話

 王室付きの近衛隊に入隊できるのは男のみ。

 しかし第三王女クリスティーナは大の男嫌い。


 そこで彼女専属のボディガードとして立候補したのがヴィヴィであった。

 幼い頃より馬にまたがり、剣を振り、ドレスよりも軍服に憧れていた名家の娘が任命されたのである。

 王女は性格に難あり、という噂はヴィヴィも耳にしていたが、お構いなしだった。

 だって、夢にまで見た近衛兵の軍服が着られるのだから。

 それに、隊に所属するある男から稽古をつけてもらえることになった。ヴィヴィと比べるとはるかに身分は低いが、剣の腕は随一のマルクという青年だ。

 ヴィヴィも元々剣には自信があったが、さらに腕を磨くことができる。そう思って喜んだ。


 しかし王女がヴィヴィを買ったのは、彼女の剣や馬の腕ではなく――、その性別と容姿だった。






「――なんて素敵なの!」


 薔薇の咲き誇る庭園にて、クリスティーナが叫ぶ。

 十二歳になったばかりの王女は、着飾った自分の側近ヴィヴィをテーブルの前に着かせ、うっとりと目を輝かせた。


 朝には兜と鎧を纏っていったヴィヴィだが、今はどこからどう見ても可憐なプリンセスに変身していた。

 切ることを許されない金色の髪はまとめられ花で飾りつけされている。肌は透き通るほど白く、水色のドレスで包まれていた。零れ落ちそうなほど大きい瞳は宝石のような紫。丸い肩を見て彼女が剣術の稽古をしていると気づく者は誰一人としていやしないだろう。


「あなたは私の完ぺきなお人形ちゃんよ。ヴィヴィ」

「お褒めいただき光栄です」


 ヴィヴィは貴族の令嬢らしく紅茶のカップをそっと持ち上げ中身を口に含んだ。

 二人の隣には椅子がもう一脚置かれていて(本物の)お人形がちんまりと座らされていた。王女の愛玩物であり、お茶会のお客様であった。


「はあ、私もあなたのような金色の髪の毛と紫の瞳がよかったわ」

わたくしは王女様の巻き毛が羨ましいですわ」


 言葉遣いを変え、思っても無いことを言ってみせ微笑む。

 本当はこのお茶会と同じくらい、髪のことなんてどうでもよかった。

 ただただ身長が欲しい。そう。剣の師匠、マルクのように。


「……ところで王女様。お茶会を盛り上げるために、私から一つ提案してもよろしくて?」


 ヴィヴィの言葉に、王女はおしゃまに首を傾げた。


「言ってみなさい」

「私以外のお客様もお呼びしたらいかがでしょう」

「例えばどなた?」

「例えば、近衛兵のマルク様です」

「フンッ」


 マルクの名を耳にした途端、王女は盛大に鼻を鳴らした。


「やめてちょうだい。前にも言ったわよね? 男の人は大嫌いなの。とくにあの陰気な男は顔も見たくないし名前だって聞きたくない。たしかに顔は整っているかもしれないけど、華の無い人間は私のお茶会にはふさわしくないわ!」

「それは大変失礼いたしました」


 ヴィヴィだって男は好きじゃない。だから王女には共感できる。しかし尊敬する師匠のことまで非難されるとなると少々気分が悪い。


「なぜマルクの名前なんて出したの? まさか、惚れたのではないでしょうね?」

「人形は人間に恋などしません」


 うんざりとしながら微笑む。


「そうよ、ヴィヴィ」


 クリスティーナも顎を少し上に向け、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。


「あなたがお嫁に行くその日まで、あなたは可愛い可愛いお人形ちゃんなのよ」






「ああ。ヴィヴィアンヌ様のドレス姿の麗しいこと……」

「ドレスもいいけど、私はとにかく軍服姿を眺めていたいのよ」


 お茶会から解放され、城の廊下を闊歩するヴィヴィを、侍女たちが足を止め振り返る。彼女たちに構う気力も無いヴィヴィは、辟易しながら廊下を過ぎた。

 王女も侍女も、誰も彼もが自分を人形扱いしてくる。


 ――あなたがお嫁に行く日まで、あなたは可愛い可愛いお人形ちゃんなのよ。


「違うね」


 お嫁に行ったとしても、自分はずっとお人形のままだ。持ち主が変わるだけ。

 可愛いお人形として遊ばれ、子どもを産み、乳母や侍女に指図さしずして一日を終え、剣に触れることも許されぬまま生涯を終える。

 そう遠くない将来を想像してみると虫唾が走った。

 嫁になんて行きたくない。剣の稽古だけをしていたい。

 マルクとともに。


「あ」


 マルクのことを考えていたら、廊下の向こうに本当に彼を見つけた。こちらへ歩いてくる。距離が近くなり、立ち止まってお辞儀をした。


「ヴィヴィアンヌ様、ですか?」


 頭を上げたマルクが目を見開いた。

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