第39話 認証機

 柊のIDリングを患者衣のポケットに乱暴に押し込み、陸は走った。

 エレベーターに乗り込むと、たすきと理人が大部屋を飛び出してきたのが見えたが、構わずエレベーターの「閉」ボタンを押した。

 

 ロビーに停めたフローライドに飛び乗り、肩で息をしながら、再び白い壁のあたりを目的地に設定して走らせた。フローライドが、センター内の緑豊かな景色を前から後ろにどんどん流していく。



  

 ほどなくして白い壁に着いた陸は、フローライドを降りた。


 壁に付いたゲートの前に立って、静かに壁を見上げる。そしてドアノブに手を掛け、開いた。

 しばらく誰にも開けられていなかったのか、ギイと古びた音とともにきしみながら開いたドアの向こうは、他のゲートの建物内よりも広く、車1台入れそうなくらいの空間があった。

 

 陸が入室すると、弦を弾くような低い電源音とともに認証機の電源が自動で入り、空中に青い光で画面が投影された。

 

(……前に他のゲートでエラーになった時、画面に出たのは『別人』だった。顔データと、リングのデータが一致しないって)

 

 陸は柊のIDリングをポケットから取り出す。

 

(おそらくあの時、認証機はしたんだ)

 

 柊の特別暫定戸籍は一部のデータが破損している。それゆえ元の戸籍と紐付けができず宙に浮いたまま、死亡届も出せなかったと瓜生さんは言っていた。

 つまり公的には、柊は死んだことになっていない。


(きっと柊のIDリングも、まだ生きているはずだ)

 

 陸が柊のIDリングをポートにかざす。顔認証カメラが陸の姿を捉えた。

 ポーン、と軽やかな電子音が鳴る。

 

「……やった」

 

 投影された画面には「川崎 柊さん こんにちは。外出目的を登録して下さい」と表示された。

 

(外出目的?)

 

 空中に透ける画面には3つの選択肢が浮かび上がる。

 

(救助、調査、資源探索……? なんだそれ)

 

 陸は適当に『調査』のところを指で触れてみた。


 その瞬間。認証機のある部屋がガタンと揺れた。

 

「えっ……何……?」

 

 部屋が揺れて、外からシュルシュルと音がし始めた。陸は狼狽うろたえて部屋を見回す。何だか靴底に圧が掛かっている気がする。

 

「エレベーター……?」

 

 部屋ごと上っていっているような体感。認証機の部屋は、部屋そのものがエレベーターになっていたようだ。おそらく壁の上部に向かっている。

 

 部屋はそのまましばらくシュルシュルと音を鳴らしながら揺れ続け、陸は身構えた体勢を保ったまま、じわじわと忍び寄る恐怖心と戦っていた。

 

「上に何があるんだ……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る