第38話 記憶

 陸が大部屋に帰ると、理人がベッドの上に何か箱を置いて中身を広げているところだった。

 たすきは自分のベッドで、こちらに背を向ける形で横になっている。

 

 理人は陸の姿を認めると、気まずそうに視線を漂わせて「おかえり」と言った。

 

「……ねえ、理人さん。もう教えてくれませんか」


 普段より低い陸の声色に、理人が陸の顔を見上げる。

 

「戦争って、何ですか? あの白い壁は、何なんですか?」

 

 抑えきれず、自分で思ったよりも声が感情的になる。

 陸は自分だけが何も知らないことに、耐えきれなくなってきていた。

 

「陸。それを教えたら君の負担になるから……」

「そんなの分かってますよ!」 

「陸! ちょっと落ち着けって」

 

 襷がすかさずベッドから降りてきて、陸の腕を掴む。

 

「僕は! ……僕は過去人だから、細胞が採れたら記憶を消されてしまうけど。それって僕の気持ちはどうなるんだよ……せっかく仲良くなったのに……」

 

 語尾が震え、陸は唇を噛んだ。涙がこぼれ、下を向く。自分でも言っていることが滅茶苦茶なのは分かっていた。けれども、ここでの楽しかった記憶を全て消されてしまうと思うと、陸の心はもうぐちゃぐちゃだった。

 

「陸……」

 

 襷が掴んでいる腕を緩めた。

 

「僕だけ何も知らないまま、全部忘れて過去に帰ってくださいって。そんなのあんまりだよ……みんなのこと忘れたくないし、僕だって知りたい。みんなに何が起きたのかを」

 

 子どもじみたことを言っている自覚はある。けれども、記憶削除が負担になるからとどうしてここまで隠されなければいけないのか、納得できていない部分も多かった。

 未来のものであるタイムマシンや、臓器複製や、フローライドの話はしてもいいのに、白い壁や戦争の話はしてはいけない。その線引きがよく分からない。

 

「陸。俺も理人も、陸の身体の負担になるようなことは、したくないんだよ」

 

 分かっている。分かっているけれど、もどかしい。このもどかしい気持ちすらも、10日後にはすべて忘れてしまう。それが悲しい。

 

「ごめん、俺が陸を未来に呼んだから……。本当にごめん……」

「……いや。僕も、ごめん」

 

 陸は俯いたまま肺の中の空気を絞るように吐き出して、襷が掴んでいる腕を静かにほどいた。

 

 陸が気持ちを引きずったまま自分のベッドに戻ろうとしたその時。

 理人のベッドの上に並べられた中のあるものが、照明を反射してキラッと光った。

 

「……!」

 

 理人は、先日施設長から形見分けしてもらった柊の遺品を箱から出して整理していた。

 ベッドの上にあったのは、マフラーやワイヤレスイヤホンなどの小物、

 そして――柊のIDリング。

 

「……え?! ちょっ、陸?!」

 

 陸はベッドの上にあった柊のIDリングを素早く引ったくると、大部屋を飛び出して走り出した。

 襷が呟く。

 

「……あいつ、まさか」


 理人は何が起きたのか理解が追い付かず、ベッドの上で呆然としている。

 

「え?」

「理人、まずいかもしれない。追いかけるぞ!」

 

 2人も陸を追って大部屋から飛び出した。

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