第34話 親友
私と椿は幼なじみだった。
自分では覚えていないが、椿との初対面は赤ん坊の頃らしい。お互いの母親が友人同士で家も近く、物心ついた頃には毎日のように椿と遊んでいた。
椿には父親がいなかった。事情は詳しく知らないけれど、椿の親が離婚しているということだけは自分の母親から聞いていた。子ども心に、椿が寂しい思いをしないように、私がそばにいてあげなくちゃと思ったのを覚えている。
小、中、高と同じ学校に行き、毎日一緒に過ごした。椿はとても心が綺麗で人の悪口を言わず、人を疑わない子だった。反面、素直に信じすぎて騙されやすいところがあったので、怪しい誘いや腹黒い同級生などは私が目を光らせて遠ざけていた。
椿は母親に早く楽をさせてあげたいと、公務員を目指していた。高校を卒業して公務員向けの専門学校に2年通い、20歳の時に区役所の職員になった。
私は四年制大学に入り、その後一般企業に就職したので、高校卒業とともに椿とは進路が分かれてしまった。
しかし、以降も定期的に会っては一緒に遊びに行ったりカフェでお喋りをしたりと、友人関係を続けていた。椿の就職後ほどなくして、彼女のお母さんが亡くなってしまった時も、泣き続ける椿を必死で慰めた。
23歳の時、椿から「話したいことがある」と呼び出された。カフェで席に着くと、椿が切り出した。
「実は……結婚することになったの」
聞くと相手は職場の上司で、15歳年上だという。ずいぶん歳上だったので最初は驚いたし、椿はまだ若いのに大丈夫なのかと少し心配になったが、椿が「とても優しい人で、私のことを大事にしてくれるの」と頬を染めて話すのを見て、椿が幸せになれるなら心から祝福しようと思った。父親のいない椿が、幸せな家庭に憧れているのも薄々気が付いていたからだ。
椿は婚約者の栗山さんを私に紹介しようと二度、私と会う場をセッティングしようとしてくれたが、栗山さんの仕事が忙しく行けなくなったとのことで、どちらも直前で立ち消えになってしまった。
結局、結婚式当日まで椿の夫となる男性とは一度も会ったことがないままとなった。
結婚式では友人代表スピーチを頼まれて、徹夜で練習して行った。大切な椿の結婚式をいい思い出にしなければと、スピーチの順番が来るまでは披露宴中も緊張で食事がろくに喉を通らず、私の席の周りには食べ終わらず下げられない皿ばかりが並んでいった。
スピーチは無事に終わったが、何を喋ったかほとんど記憶が無い。
その後、椿が新郎と一緒にテーブルまで回って来た。煌びやかなウエディングドレスに身を包み、「かずちゃん、スピーチありがとう! ご飯全然食べれてなかったでしょ? そんなに緊張しなくてもよかったのに」と笑う姿は、私が今まで見た花嫁の中で文句無しに一番美しかった。
新郎はというと、オーダーメイドの高そうなタキシードをスタイル良くパリッと着こなし、40近いと思えないほど若々しく自信に溢れる表情をしていた。
新郎の挨拶スピーチでも巧みな話術で会場を沸かせ、私と同じテーブルにいた同級生も「椿の旦那さん素敵だね」と褒めていた。
結婚式も無事に終わり、日常が戻ってくる。椿よりも2年遅れて社会に出た私は、若手ゆえに仕事が忙しく残業も重なり、土日は疲れて寝ている間にあっという間に休みが終わってしまうことも増えた。
新婚さんの椿を邪魔してはいけないと思ったのもあるが、椿と会う頻度は以前より下がっていった。
24歳の時、椿から子どもを授かったと連絡を受けた。しかし、どうもつわりがかなりひどいらしい。
直接は会えなくなってしまったが、心配だったので連絡は続けていた。フェイス通話――昔でいうビデオ通話のホログラム立体版みたいなもの――で話すこともあったが、椿はいつも顔色が悪く、元気がない。病院には通っていると言うので、椿の身体に負担を掛けないよう短時間で通話を切り上げるようにした。
――今思えば、この時もっと椿の話をちゃんと聞くべきだった。
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