第33話 隠されたデータ
「……美澄。またあなただったのね」
美澄は瓜生さんにすがり付くように、必死で訴える。
「かずさん、聞いたでしょう。柊の出自を興味本位で知りたいんじゃないの。この2人は柊と血が繋がっているかもしれないのよ」
瓜生さんは美澄から目を反らし、自分の両腕を抱える。
「……申し訳ないけれど。私からは何も言えないわ」
「かずさん!」
すると、黙って聞いていた理人が口を開く。
「……あの。ひとつ聞いてもいいでしょうか」
理人が一歩前に出た。
「柊が亡くなる前の最後の誕生日に、柊にエアクラフトベースのペアチケットをくれたのは、あなたですか?」
「……」
瓜生さんは何も言わず、理人を見つめる。その瞳からは感情が分からない。
「柊は、ボランティアスタッフの方から無料の招待チケットを貰ったと言っていました。ですが、券面に決して安くない金額が書かれていたので、気になっていたんです。本当に招待チケットだったら、普通は金額が書かれていないのではないでしょうか。だからあれは、本当はその人が、自分で買って柊に渡したんじゃないかって」
一瞬の沈黙。
「……そう。あなたが柊と一緒に行ってくれたのね」
頑なだった瓜生さんの眼差しが、かすかに和らぐのを感じた。
「次に施設に行った時に、柊が御礼を言いにきたわ。『一番大事な友達と行った、とっても楽しかった』って。目を輝かせてね」
瓜生さんが、月を見上げて深く長いため息をついた。それは観念したような、誰かに許しを乞うような複雑な表情だった。
そして4人を見渡す。
「……陸さん。きっと抜け出して来たんでしょう? 人に見られない方がいいんでしょ、あなたたち。狭いけど、どうぞ上がって」
瓜生さんは一歩下がると開け放ったままの玄関ドアに背中を沿わせ、4人を室内へ促した。
陸たちは目を見合せ、顔を綻ばせた。
4人は促されるまま、瓜生さんの家に上がった。
「適当に座って。散らかってて悪いけど」
家は意外に広く、円形住宅ゆえに部屋がわずかに末広がりになっている。調度品もシックで落ち着いた印象だが、他に人がいる気配はない。一人暮らしだろうか。
大きなL字ソファに4人が腰掛けると、瓜生さんがキッチンから冷たいお茶のグラスをお盆に載せて戻ってきた。瓜生さんはお茶を配ると、自分は小さな椅子に腰掛けた。
陸は膝に手を置いて聞く。
「あの。どうして僕の名前を知っていたんですか?」
「……柊の母親から、ジーンツリーデータの複製を貰っていたの。これよ」
瓜生さんが付けていた銀のペンダントを慣れた手つきで首から外すと、部屋の壁に向かってペンダントトップの中央を指で押した。壁に丸くライトが当たり、その中に家系図らしきものが投影されている。
「これは、表示保留の内容も載っているジーンツリーの複製データよ。柊が成人したら渡してほしいと、柊の母親が亡くなる前に私に託したの」
しかし、かなり広範囲な細かい家系図が投影されたので、文字が小さく読み取れない。
瓜生さんがペンダントの小さなボタンを操作すると、1人分のデータが虫眼鏡で拡大したように大きくなった。拡大されたそこには、「
「僕だ……」
「そう。ここにあなたが載っているのを私は知っていた。柊が育つにつれてどんどんご先祖様の陸さんに似ていくものだから、血の繋がりとは不思議なものねと思っていたの」
「え、じゃあ……」
「そうよ。柊は陸さんの子孫で合っているわ」
陸たちは顔を見合わせた。
瓜生さんはそこから虫眼鏡を一気に下に動かした。スポットライトが当たったように拡大された人物の写真の下には「
「この人が柊の母親よ。旧姓は――上穂木 椿」
「……!」
陸が息を呑んだ。
瓜生さんがまた拡大位置を動かす。
「そしてこれが……柊ね。本当の名前は
白いおくるみにくるまれた赤ん坊の写真が映る。ビー玉のような澄んだ目でこちらを見つめる赤子は、まだ頼りなげなか細い右腕がおくるみから出ている。その小ささから、ほとんど生まれてすぐに撮られた写真だと分かる。
理人が投影された家系図から目を離さずに呟く。
「俺が見たジーンツリーには、栗山 椿も栗山 朝綺も載っていなかった。ここが表示保留になっていたのか……」
「やっぱり柊さんは、僕の子孫なんですね。……柊さんがどうして捨てられたのか、聞いてもいいですか?」
瓜生さんが哀しげに目を伏せた。
「……椿は、朝綺くんが産まれてとても喜んでいた。……捨てたくなんてなかったと思うわ」
美澄が瓜生さんの表情を窺うように首を傾ける。
「確か、病気で亡くなっているんですよね。椿さん」
「ええ。話すと長くなるんだけど……椿は朝綺くん――柊を守りたかっただけなのよ」
瓜生さんが、ぽつりぽつりと話し始めた。
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