第29話 作戦会議
夕方、大部屋の3人はバーの開店時刻と同時に入店し、少し落ち着かない様子でソファ席で向かい合った。
「そういえば、僕のリングに50万入金してくれたのって、理人さんのお父さんですか?」
「50万? いや、知らないな。なんで?」
「桜井さんから、レシピエントさん側からの入金だって聞いたんです」
「ふーん? じゃあ、母さんかな」
理人は50万と聞いてもさほど気にした様子がなく、涼しい顔をしているので陸は静かに衝撃を受ける。
陸は庶民なので、すぐ「50万あったら400円の牛丼1,250杯いける」とか考えてしまうが、なるほどそもそもタイムスリップ・ドナーを依頼できるほど資金力のある家の人間にとって、50万はたいした金額ではないのかもしれない。
「陸、入金してあったなら遠慮せず使いなよ。俺は陸のおかげで心臓移植ができるんだから。それはもう陸のお金だから、気にしないで」
考え込んだきりなかなか注文しない陸を気遣ってか、理人がそう言った。
「あ、うん。ありがとう」
まあたいしたことを考えていたわけではないのだけれども。
陸もカクテルを頼み、しばらく他愛もない話をしながら時間を潰していると、店の重いドアがギイと音を立てて開いたので全員顔を上げた。
美澄が店に入ってきた。なんだかくたびれた表情をしている。
「ダメだった……」
美澄は疲れた足取りでソファ席の前にやってくるなり、そう言って
「え。ダメだったって、どういうこと?」
理人が問う。
陸が席へ促すと、美澄もソファに座った。
「インターホン越しに話したんです。かずさん、私のことは覚えてくれてたんだけど……
美澄以外の3人が顔を見合わせた。
襷が額に手を当てる。
「……いや、それむしろ何か知ってんじゃない? その、かずさんって人」
「なんか……僕もそう思う」
理人がソファから身を乗り出す。
「なんで隠すのか、心当たりはある?」
美澄は目を伏せ首を振る。
「かずさんがあそこまで拒絶するからには、きっと何か事情があるんだろうけど……あの感じだともう一回行ったところで門前払いだと思う。なんとかもう一度説得できたらと思うんだけど、どうしたら取り合ってもらえるか……」
美澄が力無く肩を落とすと、理人が息を吐いた。
「……分かった。じゃあ今度は俺が行ってくる」
「いやいや、元々知り合いの美澄ちゃんでもダメだったのに、見ず知らずのお前ならもっとダメだろ。きっと不審がられて話になんないよ」
「じゃあ他にどうしたらいいんだよ!」
襷が顎を指で弄りながら思案する。
「どうしたら、か……うーん。ちょっと思い付かんけど……」
真相まであと一歩のところまでいったような気がするが、ぎりぎりで微妙な感じになってしまった。4人の間に沈んだ空気が漂う。
理人が言う。
「きっと何か方法はあるはずだ。ここまできて、俺は諦めたくない。……ここで諦めたら、きっといつまでも俺の中にしこりが残り続けてしまうと思うんだ。もし俺の身内が身勝手な理由で柊を捨てたのだとしたら、俺はそいつらを許せない。もし何か事情があるのだとしたら、俺はきちんと知りたい」
美澄も頷く。
「ここまで来たら、私もこのまま終わりたくないよ。けど、どうしたらいいのかな……」
現状を打開する方法。そんなものがあるのだろうか。襷も腕を組んだまま考えている様子だ。
そのまま黙っていると空気が重くなりそうだったので、陸が口を開いた。
「なんか、僕と顔が似てるとか、僕の子孫かもしれないっていうのもありますけど……もう他人事とは思えないですし、ここで手詰まりは嫌ですね。せっかく事情を知っていそうな人までたどり着いたんだし、何かいい方法があればいいんだけど……」
そう言った陸の顔を、美澄が見た。
なぜか視線を外さない。
「……ん?」
美澄が陸を指差して目を輝かせる。
「あった! いい方法。陸さんが行けばいいんですよ」
襷と理人も陸を見る。
「えっ、待って待って……僕?」
陸はいきなり指名されて慌てる。
「だって、私だって柊と見間違えたんです。かずさんもきっと見間違えますよ。柊そっくりの人が現れたらかずさんも門前払いできないし、もう一回話すチャンスくらいなら作れると思う」
理人も、改めて陸をまじまじと見る。
「確かに……見た目は柊だからな。喋らなければ、俺も見分けはつかない」
「ははっ、そんなに似てんのか。けど、陸がインターホン押して、そこからどうすんの? かずさんは柊くんが亡くなってることは知ってるんだろ?」
「うん、知ってるよ」
理人が口元に手を当てて思案する。
「じゃあ陸は、ひとまず話を聞く気にさせてくれればそこまででいい。タイムスリップの話はややこしくなるからひとまず伏せておいて、陸も柊の身内の可能性があると言ってくれればいいかな。あとは俺が説得するから」
襷が頭の後ろで手を組む。
「なるほどね……まあ、それなら少しは話せるかもな。もし全部を聞き出せなくてもなんかしら手がかりが得られるかもしれんね。このまま何もしないよりはアリかな」
思わぬ活路を見出だせて、みな高揚感が顔に出ている。
しかし、いい感じに話がまとまり始めたところで、陸がはたと気がつく。
「……というかそもそもだけど、僕って過去人だから外に出られないのでは……?」
「あーっ! そうだったわ」
「忘れてた……」
天を仰ぎながらソファに沈む襷と理人。
「私このセンターのことよく分からないんだけど、陸さんが外に出る方法って無いんですか?」
「無いんじゃねーかな……陸のリングじゃ、ゲートは通れなかったよ」
「振り出しに戻ったな、これは……」
4人に落胆の空気が流れたその時。
ノンアルコールバーのドアが再び軋みながら開いて、大柄な初老の男性がひとり入ってきた。
作業着に長靴という出で立ちは、このレイクサイドモールで働く他の店の従業員だろうか。男はがに股でのしのしと店の床を踏みしめて歩き、カウンターに近付いていく。自分たち以外の客をこの店で見たのが初めてで、思わず全員その男に注目する。当の男は集まる視線を特に気にもせず、カウンターに片腕を置いた。
「よう、マスター。準備終わったかよ。俺んとこはもう終わったぜ」
「……ふん。あと少しで終わる」
髭面のマスターは、グラスを拭きながら顔を上げずに低い嗄れ声で応じた。そういえばマスターの声を聞いたのも初めてだ。いつもオーダーすると黙ってシェーカーを振り始める人だった。
「お前んとこは今年もドリンクとツマミか?」
「ああ」
「なんだ、つまんねぇな。たまにはかき氷でも出せばいいのによ。うちは、今年はイカ焼きと焼きとうもろこしを出すぜ。昔ながらのな」
どうやら男はお祭りの話をしているようだった。マスターはカウンターに背中を向けて、拭いたグラスを順番に食器棚にしまっていく。
「……明後日はこのレイクサイドモールの祭りだからな。ゲートの外で配る入場タグを持った一般客が入ってきて、たくさん出入りする。うちもドリンクやスナックを多めに準備しておくつもりだよ」
マスターは背中を向けたまま、いつになくはっきりとした声でそう話し、そして振り返りざまに陸の方をちらりと見た。
「……!」
男は「そうかよ。まあ楽しみにしてるぜ」と言って背中越しに片手を挙げ、店を出ていった。
陸は驚きつつも、思案する。今のマスターの話によれば、明後日、ゲートの外で祭りの参加者向けの入場タグが配られて、一般人がゲートを通れるようになる。
つまりその入場タグが手に入れば、どさくさに紛れて陸が外に出ることもできるかもしれない。
陸がマスターを見つめる。
「……なんだ、小僧」
「どうして、教えてくれたんですか」
襷は陸の発言に驚いて「え?」と聞き返す。
マスターは「何のことか分からねぇよ」と言ってから、呟いた。
「……俺も孤児でね。けどガキの頃はお前たちみたいな友達がいて、孤独じゃなかった。もうみんな亡くなったけどな。お前たちも、友達は大事にしろ。生きていても、この世にいなくてもな」
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