第28話 母の消息

 美澄みすみが帰った後。

 上野で何があったのか聞こうとしたが、たすきも理人もなんとなくよそよそしい態度で、話しかけてもそれとなく切り上げようとし、目も合わせてくれなかった。

 陸も粘って聞き出そうとしたが、2人が困っている様子でいるのを察してしまい、やはりこれは聞いてはいけない話なのだと、仕方なく聞くのを諦めた。


 上野で何か大きな事故でもあったのだろうか。おそらく、距離的にも上野はこの白い壁の外側だと思うが、そもそも未来の上野や、他の街はどうなっているのだろう。


  

 大部屋でなんとなく居心地悪く過ごしていたところ、襷が「美澄ちゃんから連絡が来た」と言ってきた。事情を知った施設長がセンターまで面会しに来てくれるという。

 もしかして施設長は、しゅうの出自について何か知っているのだろうか。


 

 翌日、ナースステーション前のラウンジに現れた施設長は、60代くらいの女性だった。優しそうな雰囲気と意思の強そうな目、白髪交じりのショートボブ。細身の身体を包む紺色のワンピースの長い裾をさっと払うと、背筋の伸びたきれいな姿勢で椅子に腰掛ける。そして陸を見ると目尻の皺が深くなった。

 

「本当に、柊によく似ていますね」

 

 陸は何とリアクションしたらよいか分からず、そうらしいですね、と当たり障りのない返事しか返せなかった。

 施設長は理人に視線を移す。

 

「理人さん。あなたが柊と仲良くしてくれていたんですね。本人からはもう……伝えることはできないけれど、私から御礼を言わせてください。本当にありがとう」

「いや、俺の方が柊に助けられていただけです。俺は何も……」

「そんなことありませんよ。柊は……私と一緒にいるところを同級生に見られてしまって、施設から通っていることが学校の友人に知られてしまって。学校の友人関係には苦しんでいましたから、柊はあなたがいて救われていたと思いますよ。柊に施設の外にも友人ができたらしいと分かって、私も当時は嬉しかったものです」

「えっ、気付いていたんですか?」

 

 施設長は微笑んだ。

 

「まあ、学校に行けていない時期があったことと、どうやら外に友人ができたらしいことくらいは。……柊の葬儀であなたを見かけて、もしかしたらと思っていました。違う制服で、1人で来た様子でしたから」

 

 柊と理人の関係は、施設長にはお見通しだったようだ。施設長はまっすぐな瞳でここにいるひとりひとりを見渡し、穏やかだがよく通る声で話す。

 

「さて、柊の出自について、でしたね。美澄からも話は聞いています。私も彼の事情のすべてを知っているわけではありませんが……私が知っていることを、あなたたちになら話してもいいかと思い、今日ここに来ました。柊が18歳になって、施設を出る時が来たら伝えようと思っていた話です」

 

 理人と美澄に緊張が走るのが分かった。美澄も知らない話のようだ。

 

「18年前、まだ赤ん坊だった柊を、川崎の乳児院から引き取って私たちの施設に受け入れた翌月のことです。実は……柊のお母様のご友人だという女性が施設にやってきました。病気で施設に来られないお母様に代わり、柊の様子を見てお母様に伝えたいのだと言うので、話し合って臨時のボランティアスタッフとして彼女を迎え入れました。瓜生うりゅう 花築かずきという女性です」

 

 美澄が弾かれたように顔を上げた。

 

「え、かずさん?」

 

 施設長はちらりと美澄を見た。美澄はそれを肯定の意と取ったようで、目を見開いたまま手で口元を抑えた。

 

「……そして残念ながら、それから数ヶ月もしないうちに、柊のお母様は病気で亡くなられたと、彼女から聞きました」

「えっ、そんな……じゃあ、柊の母親はもう亡くなっているんですか」

 

 理人はショックを受けているようだった。美澄も口元を抑えたまま聞いている。

 

「残念ながらそのようです」

「じゃあ父親は? 生きているんですか?」

「すみませんが、お父様については私も存じません。私が知っているのはそれだけですが……お母様が亡くなられた後も、瓜生さんは施設のボランティアスタッフを続けてくれました。事情は明かさないまま、ずっと柊のことを見守っていたようです」

 

 施設長はもう一度、全員を見渡した。

 

「彼女であれば、もしかすると何か事情を知っているかもしれません。いま彼女がどこに住んでいるかなら知っています。話してくれるかは分かりませんが……会いに行ってみますか」


 

 施設長に御礼を言って見送った後も、美澄はラウンジに残っていた。

 

「ねえ、かずさん時々施設に来てたから私知ってるの。かずさんのところには私が行こうと思う」

「俺も行く」

「理人。やめとけよ、お前ずっと体調悪かっただろ。何かあったらどうすんだよ。ここはひとまず美澄ちゃんに行ってきてもらえって」

 

 襷に止められて、理人も考え直したようだ。

 とりあえずは瓜生さんと顔見知りで、かつ自由に動ける美澄が1人で会いに行ってくることになった。


 

 美澄と別れて大部屋に向かう帰り道、陸が呟く。

 

「施設長、いい人でしたね。遺品も持ってきてくれるなんて」

 

 理人は靴箱ほどの大きさの箱を両手で大事に抱えていた。施設長が柊の遺品を少し分けてくれたのだ。中には、柊の愛用品の小物がいくつか入っていた。

 

「そうだな。見覚えがあるのもあるよ……懐かしいな」

 

 理人は寂しそうに呟いた。

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