第27話 彼女の事情
「――俺が先を歩いていて、
語尾が震え、理人は言葉を詰まらせて俯いた。
全員、何も言わなかった。
というより、言えなかった。
陸は自分の手元に視線を落とした。自分と生き写しだという川崎 柊の短い人生を、理人の言葉の中からほんの少し垣間見ただけだが、理人や柊の気持ちを思うと胸が苦しくなった。
しばしの沈黙の後、口を開いたのは
「……柊が亡くなった時、理人さんは一緒にいたんですね」
美澄は涙ぐんでいるようだった。
「……私は、上野出身だったんです」
美澄が目元を拭い、長い
「でも、あんなことがあって……両親と妹を失いました。その日私はたまたま、妹の誕生日プレゼントを買いに横浜に行っていて無事だったんです」
陸は顔を上げた。
急に何の話だろう?
「あの日の混乱の中で、帰る場所を無くして路頭に迷い大泣きしながら喚いていた私を、偶然通りかかった柊が見つけてくれて。見ず知らずの私を必死で慰めて、施設に連れ帰ってくれました。それで私は、孤児として柊と同じ施設にお世話になることになったんです」
あの日の混乱?
上野で何かあったのだろうか。
もしかしたらこれは、過去人の陸が聞いてはいけない話なのではと直感的に思い、咄嗟に理人と襷を見たが、2人とも陸と視線を合わせずに押し黙っている。
「柊は……私の大切な恩人です。施設で暮らすようになってからも、いつでも味方でいてくれて。いつも柊がそばで温かく見守り、私に寄り添い、励ましてくれました。もう何も持っていない私にとっては……柊は、安心して心を預けられる、唯一の人だったんです」
美澄が陸を見る。
「だから、陸さんを初めて見た時。柊は生きていたんだと、いてもたってもいられなくなりました。亡くなっているのが分かっていたのに……生きていると、信じたくなってしまったんです。本当にごめんなさい」
哀しさと、愛おしむ気持ちが混ざったような美澄の眼差しに思わずドキリとする。しかしこの眼差しは、きっと陸ではなく柊に向けられたものなのだろう。
美澄が唇をきゅっと引き結んで、そして理人をまっすぐ見据える。
「理人さんが柊の出自を知りたい事情は、分かりました。残念ながら、私は何も知りませんが……赤ちゃんの頃の柊を受け入れた施設長ならもしかしたら、何か知っていることがあるかもしれません。帰ったら事情を話して、聞いてみます」
「ありがとう……お願いします」
美澄は頭を下げると立ち上がり、バーの重いドアを押して帰っていった。
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