第30話 越えたい壁

 翌日の午後。

 ナースステーションのカウンターにたすきと陸が立っている。襷が桜井さんに声をかける。

 

「桜井さーん。この前面会に来た俺の友達が、明日のお祭りに来たいって言ってるんですけど、入場タグってどこで配るんですか?」

 

 襷はこの手の茶番が上手い。ものすごく自然に聞き出そうとしている。

 端末で作業していた桜井さんが手を止めてこちらを向いた。

 

「ああ。入場タグは南側ゲートの外で配布する予定です」

「南側ね。桜井さん、ありがとう! 陸、楽しみだな」

 

 大部屋に帰ろうとする2人を、桜井さんが呼び止める。

 

「あの。申し訳ありませんが……上穂木かみほぎさんはお祭りに参加できません」

「え?」

 

 2人は立ち止まり振り返る。

 

「過去からお越しいただいた方は、お部屋で過ごしていただくことになっているんです。ご案内が遅くなってしまってすみません……」

「なんだって……」

 

 陸と襷が顔を見合わせた。

 しかし考えてみれば、確かにそれもそうだ。未来のことを必要以上に知ってはいけないのに、一般の未来人が好き勝手話している中に陸を放り込むわけにいかないのだろう。


 すると桜井さんの後ろから師長がヌッと現れた。

 

「絶対に勝手に参加しないでくださいよ。ちゃんと部屋にいるか見に行きますからね」

「えっ。師長、そこまでしなくても……」

 

 桜井さんがフォローしてくれたが、師長は眉を吊り上げた。

 

「いいえ! これくらいで充分です。この前、洗面所でクレープなんて焼いてパーティーしてた子たちですからね。今度は何も無いよう、しっかりと監視させていただきます。桜井さん、あなたも協力してください。その件について奥で17時から打ち合わせしますよ」



「それは、まずいことになったな……」

 

 3人は再びバーにいた。事情を聞いた理人が腕組みしため息をつく。

 

「あーあ……誰かさんがクレープパーティーなんかするからだろ」

「けっ。誰かさんが勘違いしてたからだろうが」

 

 しかし、このままでは陸が瓜生うりゅうさんに会いに行く作戦が頓挫してしまう。

 

「どうする? これじゃ僕、外に出られないよ」

 

 理人が肩を落とす。

 

「……ここまで来て陸が足止めか」

 

 襷がテーブルに頬杖をつく。

 

「せめて見回りの時間が分かればいいんだけどなあ。桜井さんに聞いてみる?」

「いや、さすがに教えてくれないだろ」

「そうだよなあ……師長と桜井さんの打合せの内容が分かればなあ。どっかホワイトボードとかに予定書いたりしないのかな、何時に見回りーとか」

「俺らから見えるとこにそんなのないよ、あのナースステーションは」


 確かにこの病院は、雑然としたところがなくどこも小綺麗だ。バックヤードに入ればそんなことないのかもしれないが、少なくとも患者から見える範囲は気を遣って作られている。

 襷が唸る。


「うーん。陸が出られないんだったら、ダメ元でもう一回美澄みすみちゃんにお願いしてみるか?」

「いや、相手が頑なになっている時は人を変えた方がいい。俺が行く」

「だから、お前だけじゃ不審がられておしまいだって。運が悪けりゃ通報されるぞ」

「じゃあ他にどうするんだよ……」


 理人が頭を抱えた。それを見つめる襷。

 

「……そう落ち込むなよ。一旦元気出そうぜ。ほら、元気ないときは甘いものだろ。またクレープパーティーする?」

「するかよ……。君はだいぶバカなのか? あの洗面所、壁薄いんだからまた声でバレるに決まってるだろ」

「冗談じゃん。そんな怒らんでよ」

 

 陸がハッとして顔を上げた。

 

「それだ!」

「え?」

 

 2人が陸を見る。

 

「洗面所の薄い壁。洗面所って、ナースステーションの真裏だよね? 僕らの声があっちに聞こえてたってことは、逆にあっちの声も洗面所にいれば聞こえるはずだ」


 陸はリングで時間を見た。16時20分。

 師長と桜井さんがナースステーションの奥で打合せすると言っていたのは、17時からだ。まだ間に合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る