第22話 理人と柊
幼少の頃は幸せだったと思う。
親も今みたいに
それが徐々にバランスを失っていったきっかけは、どう考えても親父が政治家として立候補しある役職に当選したことだ。俺が小学生の時だった。
親父はあちこちの権力者の宴会に顔を出しているらしく、明け方まで家に帰って来なくなったし、母さんは世間の目を気にして、俺に「常に正しくあるように」求めた。
最初は礼儀正しくとか、お父さんに恥ずかしくないように勉強しなさいとかから始まり、徐々にエスカレートして交友関係にも口を出すようになった。
中学生の時、当時の俺の親友について、母さんが「あの子は家柄が良くないから付き合うのをやめなさい。もう彼のお家に電話して、うちの子と関わらないでと伝えておいてあげたからね」と言った。
親友だと思っていた彼は、それ以降口をきいてくれなくなった。そればかりか、彼の母親が周囲に話したらしく、噂が出回って他の友達グループにも入れなくなり、俺は徐々に孤立していった。
その頃、学校の健康診断で、俺の心臓の項目によく分からない異常所見が書かれた。
といっても、念のため再検査をしに行ったら「経過観察」扱いになり、定期的な受診を勧められたくらいで、この頃はまだ家族の誰も深刻に考えていなかった。
いつの間にか母さんの口癖は「理人はお父さんみたいな政治家になるんだから」になっていた。なりたいと言った覚えはないが、まるで俺が言ったかのようにことあるごとに言い聞かされた。
その頃には親父は家に寄り付かなくなっていた。
政治家として忙しいのは理解できたが、実は親父にとってもあまり居心地のよくない家だから帰ってこないのではないかと、俺は内心勘繰っていた。
俺は母さんが決めた志望校を進路希望表に書かされ、毎日寝る間もないほど勉強しろと叱責されて、家でも学校でも安らげなかった。
なんとかその高校には合格したが、自分で志望した学校でもないから愛着が湧かなかった。
親父を尊敬していないので政治家になりたい気持ちも志も持っていないし、このまま親が決めたレールにただ乗って政治家を目指す人生なんて、送りたくもないと感じていた。
そんなある日。
一昨年の11月だ。もう覚えていないが何か些細なことで朝から母さんと口論になり、制服で家を出たが、俺は高校には向かわなかった。フローライドを使わず、歩いて高校とは逆の方向に向かった。
行くあてがあったわけではない。ただ、家にも学校にも居たくなかっただけだ。
黒いビルが並ぶ街をただふらふらと歩いていただけだったが、高校の担任が「今日は理人くんはお休みですか」と、ご丁寧に母さんに連絡してしまったらしい。
早々に俺のIDリングは母さんからのコールをけたたましく鳴り響かせたが、俺は出なかった。
しかし運悪く、始業時間が過ぎても制服でふらふら歩いている俺を近所の人が目撃しており、その事をすぐに母さんに連絡していたらしい。
母さんが血眼になって俺を探してフローライドを走らせているのを、ビルの陰に隠れて見た。
見つかるのも時間の問題だと思ったが、ここまで来たらもう簡単に見つかりたくなかった。見つかればきっとひどく叱られて、またすぐに元の生活に戻されるのだ。
俺は、今は使われていないらしい廃工場の敷地に忍び込んだ。フェンスが壊れていて、手で押し開ければ人ひとり入れるくらいの隙間ができることに気付いたからだ。
廃工場の裏は隣の大きなビルの陰になっていて、人目もない代わりに日が当たらず寒かった。
廃工場そのものはずんぐりした円柱形のビルで、2階から上に製造用の機械や作業場があるようだったが、1階の事務所部分のドアが壊れていて、鍵が掛かっていなかった。
少しでも時間稼ぎと、少しでも暖を取るために俺はその事務所のドアをこじ開けて中に入った。
「えっ」
「うわっ!」
誰もいないと思った建物の中に誰かいる。違う高校の制服を着た知らない男子生徒が、応接用とおぼしきソファに座ってくつろいでいた。
「理人! どこにいるの! 出てきなさい!!」
母さんが俺を探す声が建物の外からした。
やはり平日の昼間に学生らしい格好で出歩くのは目立つらしい。俺がフェンスの隙間をくぐっていくのを誰かに見られていたようだ。全く
「頭を下げて! 外から見える」
知らない男子生徒がいきなり俺の袖を引っ張った。引っ張られるまましゃがみ、その体勢のまま、男子生徒が「こっちだ」と言うのでソファの裏側に隠れた。
しばらく声を潜めていると、母さんの声は徐々に遠ざかっていった。
母さんがいなくなってあたりが静かになると、男子生徒は急に声をあげて笑い出した。俺もつられて笑った。
それが俺と柊の出会いだった。
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作者コメント
おかげさまで12/15(日)0時現在、エンタメ総合ランキングで84位に入ることができました!
100位以内に入ることをひとつの目標にしていたのでとっても嬉しいです!!
これもすべて読んでいただいている皆さまのおかげです。心より御礼申し上げます。今後も更新がんばります!
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