第20話 夜更けの会話
理人が陸の子孫だと打ち明けた、その日の深夜。
大部屋のベッドで眠っていた陸は、かすかな話し声に気付いて瞼を少し開けた。
「
「……そうか。話してしまったか」
理人のベッドの方から声がする。
理人と院長の声だ。
小声で話しているので聞いてはいけない気もしたが、カーテン越しに聞こえてきてしまう。どうにもならないので息を潜めて寝たふりをする。
「いいよ、理人。気にしなくていい。今回の件は、君が陸くんに事情を話してしまう可能性もあると、分かった上で引き受けたんだ」
「え?」
「柊くんが亡くなってからの君は、生きる希望を無くしているように見えたからね。心臓病だと分かった時も、最初はドナー探しを断ろうとしただろう。心臓病のこと、親にも知らせないでほしいと言われた時は驚いたよ」
「……そうですね」
最初は断ろうとしていたのか。
理人は陸に聞かれていることも知らず、落ち着いた声で続ける。
「柊がいなくなって、楽しいと思えることが何も無くなって。まして世の中がこんな状況の中で、移植してリハビリして、そんなに必死で生き残ったところで、俺には何もないって思いましたから」
やっぱりね……と納得したような院長の声が聞こえた。
「けど、君には生きていて欲しかったからね。病気について、お父さんに勝手に知らせてしまって申し訳なかった。――君が陸くんに会いたいと言ってきた時、実は嬉しかったんだよ、僕は。君の目が生き生きとしていてね」
「煙草谷さん……」
「前にも言ったけど、これは僕の罪滅ぼしだから。君の意向を無視してお父さんに知らせて、勝手に移植の話を進めたお詫びだよ」
その時。
院長の口から『罪滅ぼし』という言葉を聞いて、忘れていた記憶が急に戻ってきた。
陸は思い出した。未来に来たばかりの頃、夜中にこの大部屋で誰かが話しているのを聞いたことを。
記憶の奥底に残っていた声が急に蘇り、耳の中で響く。
『すみません、無理を言ってしまって』
『いや、構わないよ。君の意向を無視してしまったのは僕だからね。少しでも罪滅ぼしになればと思っている』
そうか。あれは、きっとこの2人の会話だったのだ。
また院長の声がする。
「まあ、陸くんは仲良くなっても過去に帰っちゃうから、誰か友達ができればいいなと思って同年代の松沢くんを同室にしてみたんだけど……それは失敗だったかな?」
「えっ? そこ、あえてだったんですか?」
「しー。声が大きいよ」
理人だけでなく、陸も声を出さずに驚いていた。
確かに、なぜ未来人と過去人を同室にしたのだろうと思ったことはあった。院長が意図的にこの3人を同室にしていたということか。
理人が、ふっ、と笑う声がした。
「……いえ。悪くなかったです」
「そっか。まあ、心臓のこともあるし、移植が無事終わるまではここにいていいから。せっかく夏休みなんだし、楽しんで。……それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
かすかにカーテンレールが音を立てて、それからコツコツと靴音が遠ざかっていった。再び大部屋に静寂が戻る。
陸は天井を見つめながら考えていた。
元々長い付き合いだったとはいえ、院長がなぜそこまで理人に協力し、センターの病室に紛れ込ませたのか、少し不思議に思っていた。
しかし、すべては生きる気力を失った理人のためだったのか。
納得する一方、先ほどの会話の中で、陸はひとつ引っ掛かることがあった。
理人が言った「まして世の中がこんな状況の中で、移植してリハビリして、必死に生き残ったところで……」という言葉だ。「世の中がこんな状況」とは、どういう状況だろう。
そういえば白い壁の向こうに何があるのか、そもそもなぜそんな壁があるのかも、結局分からないままだ。
未来の情報を知りすぎることで記憶削除が身体の負担になってしまうのなら、知らないままの方がいいのかもしれない。
しかし陸は、真実を知りたい気持ちが徐々に大きくなってきているのを感じていた。
――――――――――――――――――――
作者コメント
20話までお読みいただきありがとうございます!!
日々、PVやハートや星の評価が本当に励みになっています。心より御礼申し上げます。
物語はまだまだ続きます(毎日投稿します!)が、20話という切りのいいタイミングですので、お読みいただいている方々に一度きちんと御礼をお伝えできればと思い、こちらにコメントを記載させていただきました。
マイナージャンルで挑んだ自覚はありましたし、星0やPV0も覚悟の上だったので、思った以上に読んでいただけて本当に嬉しい限りです。
また、もし本作について未評価の方の中で、少しでも面白いと思っていただけている方がいらっしゃいましたら、星1つでもかまいませんので応援していただけましたら、大変嬉しく思います。
今後とも本作をよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます