第18話 仲直りパーティー

 焼けたウインナーをお皿によけた後、たすきがどろっとした生地を鉄板に落とす。ワイパーのような器具で、生地を器用に薄く広げると、今度はクレープが焼ける甘く優しい香りが洗面所中に立ち込めた。

 

「いい匂い! 美味しそう」

 

 襷が、慣れた手つきでクレープをどんどん焼き、大きな紙皿に積み上げていく。

 

「陸、理人。好きに具材巻いて食べてていいぞ。温かい方が旨いからな」

「ありがとう! 理人さん、食べましょう」

 

 陸が紙皿を理人に差し出すと、理人は皿と陸の顔を交互に見た。

 

「え。あ、うん」

「襷、生クリームってこのスプレー缶のやつ?」

「そー。チョコソースとケチャップそっちに入ってるから出しといて」

 

 それから、各自好きなように具材を巻いてクレープを作っていく。陸に促されて理人も近くにあった具材を手に取った。

 

「お、陸。上手いじゃん!」

 

 陸はバナナにチョコソース、生クリームを挟んだチョコバナナクレープを作った。そこそこきれいな逆三角形に仕上がっている。

 

「初めてだけど、結構上手くできた!」

「そんでお前は……だいぶ下っ手クソだな」

 

 理人は、クレープ生地を上手く包めなかったのか、横から生地を破ってウインナーが突き出し、チーズも垂れている。

 

「うるさいな。クレープなんて食べたことないんだから仕方ないだろ」

 

 襷が驚いて理人を見る。

 

「食ったことねぇの?! あ。そっか、お前こそ政治家の息子じゃん。親が食べ物に厳しいとかか?」


 理人が不機嫌そうな顔で、不格好なクレープをかじる。

 

「まあそんなとこだよ」

 

 その後は、各自思い思いに具材の組み合わせを変えたり、理人がクレープを巻くのを陸が手伝ったり、3人だけの洗面所パーティーは意外な盛り上がりを見せていた。

 理人がフルーツの入ったクレープをかじる。

 

「初めて食べたけど、結構旨いんだな。クレープって」

「理人さん、鼻にチョコついてますよ」

「え。どこ、ここ? 取れた?」

「だははは! だっさ、政治家の息子」

「うるさい!」

 

 その時。

 施錠したはずのドアから、ガチャリと音がした。3人ともその場で固まった。

 

 ギイイイ……とドアの開く不穏な音に、3人が恐る恐る振り返ると、ドアの外に誰かが仁王立ちで立っている。逆光で顔が見えないが、あのシルエットには見覚えがある。

 

「あなたたち! ここで何やってるの!!」

 師長の一喝が、フロア中に響き渡った。

 


「まさか、ナースステーションに声が丸聞こえだったとは……」

 

 げっそりした様子の襷が呟く。

 3人はあの後師長にこっぴどく叱られて、クレープパーティーの道具も没収され、今は大部屋に戻るところだ。もう消灯時間はとうに過ぎていて、非常灯だけの廊下をとぼとぼと歩く。

 

「まあ確かに、ナースステーションの真裏だもんね。シャワールームも洗面所も…」

「そんな壁薄いことある? プライバシーを考えろよ、プライバシーを」

「……」

 

 陸は、先ほどから黙って思案している様子の理人が気になり、声を掛ける。

 

「理人さん、大丈夫ですか?」

「……」

 

 理人が、ため息を吐いた。

 

「陸、襷。この後、少し話せるか?」

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