第11話 隠れた店

 病室にもう1人の青年が現れた翌日。

 時刻は夕方。

 

「ふー。あーあ、アイツのせいで病室の居心地めちゃくちゃ悪くなったな」

 

 たすきが頭の後ろに手を組み、ソファにどさっと身体を預けた。

 

「なんで襷に怒ってたのかな……。僕も騒いでたのに」

 

 今日のプログラムが終わった襷と陸は、売店の建物の脇にひっそりと隠れるように立っていたバー「counterfait」のソファ席にいた。

 このバーは夕方からの開店で、メニューがノンアルコール限定となっているのは病院敷地内のバーならではという感じだが、おかげで年齢制限が無く高校生の陸たちも入ることができた。


 やや薄暗い店内には、世界中の名画のレプリカが壁一面に所狭しと並んでいる。客席はカウンターが5席と、その奥の4名掛けソファ席のみのかなり小さな店だが、今は陸たち以外に客はいない。

 陸はアンティークのスタンド照明にメニューを近付けて読む。

 

「さて、どれにしようかな……。えっと、マスター。これください」

 

 無愛想な髭面の店主が黙ってシェーカーを振り始める。おそらく60代くらいだと思うが、体格がよく手捌てさばきも洗練されている。

 しばらく待っていると、瑠璃色のドリンクに白いパールのような砂糖菓子を浮かべたカクテルが陸の前にスッと置かれた。

 

「おー、きれい」

「陸のもうまそうだな」

 

 襷の前に置かれた黄色いカクテルには花びらが浮かんでいる。

 

「面白いね。僕、バーなんて初めてだし、ノンアルコールカクテルも初めて飲んだ」

「ね。しかし、こんな裏手に店があるなんてな。穴場でラッキー」

 

 注文したスナックをつまみながら、襷が再び表情を曇らせる。

 

「いやー、しかし。なんなんだろアイツ……」

「昨日の人だよね」

理人りひとね。藤枝ふじえだ理人りひと。アイツ、初対面の時も感じ悪かったんだよなぁ」

「藤枝さんっていうんだ。初対面の時は何の話したの?」

「いや、普通にこっちから声かけて自己紹介したんだけど、なんかアイツ顔色が悪かったんだよ。だから、具合が悪いのかって聞いた」

「そしたら?」

「放っておいてくれ、ってピシャン!」

 

 襷がカーテンを閉めるジェスチャーをした。

 

「ありゃ……」

 

 彼はだいぶ冷たい人なんだろうか。それとも、急にタイムスリップして来て、まだ混乱しているのだろうか。

 陸は口元に手を当てて唸る。

 

「うーん。タイムスリップで来ている人って他に少なそうだし、藤枝さんとも仲良くなれたらいいんだけどなぁ」

「アイツと?! やめとけよ、気分悪くなるだけだぜ」

 

 瑠璃色のドリンクに浸った丸い砂糖菓子は、さらさらと崩れて徐々に溶けていく。崩れた粒子が舞い底が見えなくなったカクテルを見つめながら、陸が呟く。


「……というか、顔色悪いの大丈夫なのかな。28歳で病気になるから、健康な頃の藤枝さんを過去から呼んだんだよね?」

 

 襷が飲んでいたカクテルを置く。

 

「……確かに。そのはずだけどな」

「まあ、急にタイムスリップさせられちゃって動揺したのかもしれないけどね。僕も襷がいなかったらもっと狼狽うろたえて、顔色ぐらい悪くなってたかも」

「んー、まあそれもそうか」

 

 2人はカクテルとスナックが無くなるまでバーで時間を潰し、店を出た。


 次また彼に会ったら、もう少し話し掛けてみようか。それともやめておいた方がいいだろうか。

 陸は帰りのフローライドで彼と仲良くなる方法を色々と思案したが、結局良いアイデアが出ないまま病棟に着いてしまった。


 それから数日間、彼は病室に現れなかった。

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