第10話 もう1人の同室者

 2人が病棟に帰る頃には暑さもピークを過ぎ、空はあめ色がかってきていた。

 

 病室に帰ると、さっき売店で買ったばかりのものが既にベッド脇に届いていた。便利な時代である。

 2人で談笑しながら荷解きをする。

 

「ねえ、たすきのオススメだって言うから買ったけど、これ何?」

 

 陸はお盆くらいの大きさの丸い金属板のようなものを袋から取り出した。よく見ると横に電源のような小さいボタンがついている。

 襷は事も無げに答える。

 

「それ? それはクレープパーティーするのに必要な鉄板」

 

 陸は吹き出した。

 

「なんでそんなの買わせたんだよ! ここ病室だぞ」

 

 2人で大笑いしながら荷物を棚にしまっていく。襷とは今日ですっかり打ち解けた気がする。

 襷もひーひー笑いながら言う。

 

「ごめんごめん。いや、ウチはさ? 俺が元気ないときはいつもクレープパーティーだったわけよ。陸も未来に来て心細いだろうし、元気出してほしいなって」

 

 襷のおじいちゃんはクレープも焼くのか。ドローンにクレープとは、子どもを喜ばせるのがかなり上手なおじいちゃんだったに違いない。

 襷が最もらしく腕組みをして呟く。

 

「まあこれ、師長に見つかったら怒られるかもなあ。陸が」

「もー、最悪!」

 

 その時、大部屋のドアが開いた。

 

「うわっ!」

 

 まさに師長が来たのかと肩を跳ね上がらせて振り返ると、そこに立っていたのは細身の知らない青年だった。

 ウェーブがかった黒髪が目にかかっていて表情がよく見えないが、やや中性的な整った顔立ちをしていることは分かる。

 

「……」

 

 目が合ったものの、すぐに状況が掴めず一瞬無言になる。青年の方も喋らず、立ったまま陸を見つめ返している。

 陸は、彼が淡いグリーンの患者衣――過去人が着せられる患者衣を着ていることに気がついた。

 

「あっ! もしかしてそこのベッドの人ですか?」

 

 先に声を発したのは陸の方だった。

 

「僕は上穂木かみほぎ 陸です。100年前から来ました。よろしくお願いします」

 

 陸が頭を下げると、青年も陸に小さく会釈を返したが、そのまま何も言わず陸の前を通りすぎた。そしてベッドに座る襷の前に立ち、見下ろして言った。

 

「ねえ。少し静かにできない? 廊下までうるさい声が聞こえるんだけど」


 急に浴びせられた冷たい口調に、襷はムッとした表情になる。

 

「……煩くて悪かったな。静かにしてやるからもう寝れば?」

 

 青年が襷を睨みつける。彼は露骨な敵意を見せていた。たまらず陸も割り込んで謝る。

 

「あ、あの! 騒いでいたのは僕もなので。煩くしてすみませんでした」

 

 しかし青年は陸の方には見向きもせず、そのまま自分のベッドに戻ると、シャッと音を立ててカーテンを閉めてしまった。

 

「……」

 

 何だったのだろう。そんなに騒がしかっただろうか。

 襷が陸の方を向いて、声を出さずに口の動きだけで「でたよ、アイツ」と言ったように見えた。

 

 じきに夕食の時間になった。煩いと言われたばかりなので会話はせず静かに食べたが、なんとなく何をするにも気まずかった。陸はシャワーを浴びてぼんやり天井を眺めていたが、知らない間に眠ってしまった。

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