第8話 患者の色分け

「陸、これで当面は大丈夫そう?」

「うん、たぶんね。ありがとう」


 陸とたすきは、陸の生活用品を中心に買い物をして、売店の建物から出てきた。

 

「まさか手ぶらで帰れるとは……」

「令和人って自力で持って帰るのな。俺そっちのが衝撃だったわ……」

 

 未来では、買った物は無料で届けて貰えるらしい。物流専用の無人フローライドがあるのだそうだ。

 こんな便利なものが令和にもあったらいいのに。これがあったらお茶とか炭酸ジュースとか重いものでも買い放題だ。

 

「この後どうしよっか。襷は行きたいところある?」

 

 襷は思案しながら周りを見渡す。

 

「そうねー。そろそろ喉乾いたしカフェ寄ってかね? 確かどっかにあるって書いてあったろ」

 

 2人で通りを歩いていくと、池の近くの建物に「カフェ 睡蓮」という看板が立っているのを見つけた。

 

「襷。カフェあったよ」

「入ってみるか」

 

 襷に続いてカフェの入口をくぐった。




「めちゃくちゃ未来じゃん……」

 

 大きな池にぷかぷかと浮かぶフロート席に座った陸が、水面を眺めながら呟いた。

 

 カフェの建物内はほぼキッチンのみで占められており、室内には座席が無かった。

 座席は池に向かって張り出したテラス席と、その先の桟橋から乗り込むフロート席に分かれている。


 フロート席は、ドーナツ型のソファの中央に丸いテーブルがあって、屋根がついている。遊園地のコーヒーカップの乗り物に個別の天井を付けたような感じだ。


 フロート席のソファに座っていると池や周りの景色がよく見えるし、涼しい風が水面を渡ってくるので意外と暑くなく快適だ。

 

「気持ちいいな」

 

 1ヶ月間どう過ごそうかと思っていたけれど、未来も悪くない。

 

 オーダーした品が出来上がると、フロートは桟橋にあるカフェの窓口に勝手にすいすいと戻った。

 

「お待たせいたしました」

 

 カフェ窓口から、店員が上半身を乗り出して飲み物を渡してくる。陸が2人分のドリンクを受け取ると、フロートはまた勝手に池の中央付近へぷかぷかと進みはじめた。


 陸は電車で車窓から外を眺める子どものように、ソファの背もたれに両手でしがみつき、フロートが後に作る水紋を眺めていた。

 

「おおー。遊園地みたい……」

「へー、令和の遊園地ってこんなんなの?」

「いや、なんというか。コーヒーカップと、スワンボートが一緒になった感じ? あとドライブスルー」

「すまん、ほぼ分からん。スワンボートって何?」

「池とかで、白鳥の形したボートを足元のペダルで漕ぐんだよ。まあ僕も乗ったことないけど」

「へー、令和人って足で漕ぐの好きね」

 

 襷はどうやらさっきの自転車のことを言っているらしい。陸としては自転車とスワンボートが同カテゴリに分類されていることにかなり違和感があるが、確かにどちらも足で漕ぐ乗り物なので何も言えない。

 

 周りには他にもフロートがいくつか回遊していたが、ほとんど無人のフロートか、あるいは乗っている人がいても淡いパープルの患者衣の人たちばかりだ。陸と同じ淡いグリーンの患者衣の人はいない。

 

 しかも、そのうちの1組は陸の姿をチラチラと見て、何かこそこそと話してすぐにフロートを桟橋の方に進め、フロートを降りていってしまった。

 襷はイライラした様子で音を立ててドリンクをテーブルに置いた。

 

「何だあれ。感じ悪」

「なんか、僕のことを見て帰っちゃった?」

「みたいだな。なんか腹立つ」

 

 陸は先ほどから気になっていたことを聞いた。

 

「ねえ襷。この服の色って、何か意味があるのかな? 他にグリーンのやつ着てる人、見かけないんだけど」

 

 先ほどのフロートの方を睨んでいた襷が振り返ると、自分の患者衣の襟をつまんだ。

 

「これね……。パープルのやつ着てるのがこっちの人間。つまり未来人。で、グリーンが陸みたいな過去人」

「あ、それで分けてたんだ! 何の色分けかなと思ってた」

 

 襷はソファに寄り掛かって、息を吐いた。

 

「……まあ、未来人はさ、みんな釘刺されてるんだよ。過去人に余計なこと喋るなって。俺もセンター入るとき最初に言われた」

「そうなんだ」

 

 襷がドリンクのストローをつまみ、フロートからの景色に目をやる。

 

「まあ、陸の身体の負担になるのは嫌だけどさ。無視したり、交流そのものを絶つのはちょっと違うかなって思うわけよ、俺は。色々隠さなきゃいけないけど、友達になっちゃいけないわけじゃないんだし」

 

 やはり襷はいい奴だ。同室だったのが先ほどの人たちだったら陸はもっと孤独だっただろう。大部屋のもう1人はまだ会っていないのでどういう人か分からないが、襷と同じ病室でよかったと思う。

 

「ありがとう。僕はこうやって襷が話してくれて嬉しいし、今日だって1人じゃ困ってただろうから一緒に来てくれて心強いよ。けど、さっき帰っちゃった人たちも、僕の身体の負担にならないように気を使ってくれたってことだと思うんだ。僕は嫌じゃないから大丈夫」

 

 まあ、こそこそされるのは正直少し気にはなるが、彼らは彼らの解釈でルールに従っているだけなのだろう。それならもう仕方ない。

 

「そうか? そんならいいけどな」

 

 2人ともドリンクを飲み終わると、フロートを下りて店を出た。



「あ、屋台がある」

 

 カフェを出て来た道を引き返していると、池沿いの広場の手前に屋台が出ていた。垂れ幕に「ドルチェフリット」と書いてある。

 

「襷、ドルチェフリットって何?」

「あー……あれはだいぶ罪深いやつだぞ。陸、甘いの大丈夫?」

「大丈夫。結構好き」

「そんなら広場で食うか。小腹も空いたし」

 

 広場は池に沿うような形をしていて、幸いベンチが沢山あった。広場の向こうには小さな林があり、その向こうに白い壁がそびえる。


「じゃあ買いに行こうぜ」

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