第4話 レシピエント

 ナースステーションの前には、医療機関とは思えないようなお洒落な丸テーブルと椅子がいくつか並んでいる。

 桜井さんに促されて、そのうちの椅子の1つに座った。テーブルを挟んで向かいの椅子に桜井さんも座る。

 

「こちらの時代にいらっしゃる間は、これを身に付けていてください」

 

 桜井さんが腕輪のようなものを取り出した。

 金属製なのだろうか、銀色のような黒色のような不思議な色彩を持っている。受け取ると見た目よりずっと軽くて驚く。何でできているのだろう。

 

「何ですか、これ」

「IDリングです。上穂木かみほぎさんのはこちらにいる間だけの、臨時用のものですけど」

 

 桜井さん曰く、未来人はみなこのIDリングを保有しているらしい。

 未来ではこのリングを身分証として使う他、様々な機能を利用することができるのだそうだ。

 通話、メール、検索、写真や動画、買い物の決済、医療機関の受診、さらに事前に登録しておけば自宅の鍵や乗り物のエンジンキーにもなるという、とんでもなく便利な代物らしい。

 きっと未来人は手ぶらで外出できるのだろう。

 

 ただし陸のリングはあくまで臨時利用専用なので、ごく基本的な機能に加え、センター内での入退室や決済機能などに限定されているらしい。

 

「ちなみに決済機能ですが、上穂木さんのリングには既に50万円入金されています」

「50万円?! え、なんでそんなに入ってるんですか?」

 

 陸が思わず前のめりになる。

 

「今回上穂木さんの呼び寄せを希望されたレシピエント様側から入金いただいています。このお金は上穂木さんが自由に使っていただいて構いません。ですが、上穂木さんは過去の方ですのでセンターの敷地外に出ることは禁止されています」


 センターの外には出られないのか。まあ確かに、過去人が逃げ出したり交通事故に遭ったりでもしたら色々大変なのだろう。


「お貸しするリングではセンターのゲートから出られないようになっていますので、入金されたお金をご利用いただけるのは売店やカフェ、あとはジムやスパくらいにはなってしまいますが……」

 

 なるほど、せっかくの大金ではあるが、どうやら使う場所はあまりなさそうだ。陸自身、元々それほど散財しないタイプなので特に使い道も思い付かない。

 思わず前のめりになってしまった身体を、再び大人しく椅子に収めた。

 

 そういえば、細胞を提供するということは、陸の複製臓器を使いたいレシピエントがいるということだ。早く元の時代に帰りたいばかりに、そんな基本的なことを忘れていた。

 

「僕のレシピエントって、どんな人なんですか?」

 

 桜井さんは困ったような表情になる。

 

「残念ながら、レシピエント様の情報については、規定によりお伝えできないんです。ただ、ドナー様のリングにここまで高額な入金をされる方はあまりいませんので、上穂木さんにとても感謝されているのだと思いますよ」

 

 院長も言っていたが、そもそもタイムスリップを利用しての複製臓器移植には莫大な費用が掛かるものらしく、主に政府要人や重要人物、資産家などが活用しているらしい。僕のレシピエントもそういう人なのだろうか。

 自分の細胞から作った臓器が、顔も知らない未来の人を健康にすると思うとなんだか不思議な気持ちだ。

 

「あとこのリングですが、ここをこうすると……このセンターのマップも見られます」

 

 陸のリングには針の先でつついたような小さな光が3つ並んで灯っている。

 その光に桜井さんが触れて操作すると、リングから放射状に弱い光が出て、まるでプロジェクターのように壁にマップが投影された。このセンターの全体マップのようだ。

 

「今いるのが病棟です。さっきまで上穂木さんがいらっしゃった個室は研究棟の中にあります」

 

 マップを見ると、センターの敷地内に2つ並んだ黒い円柱ビルがあり、北側のビルが研究棟、南側が病棟のようだ。


 2つの棟の東側に大きな丸い池があり、池の周りには広場や、池に沿って並び立つ店舗群「レイクサイドモール」がある。


 そしてそれらを含むセンターの敷地の外周に高い柵がぐるりと一周張り巡らされている。


 ……と思ったが、よく見るとセンターを囲う4面のうち東側の1面だけ、このセンターの敷地が例のあの巨大な白い壁に接触していて、そこだけ柵がないことに気付いた。

 このセンターは東側のみ白い壁を借りる形で、外部から切り離された空間を成立させている。

 

 なお、マップには外部との行き来をするゲートも全部で3ヵ所載っているが、そのうち1ヵ所のゲートはその白い壁そのものについていた。ここを通れば白い壁の向こう側に行けるのだろうか。

 

「この白い壁って何なんですか?」

「あ……すみません。それもお答えできないんです」

 

 陸は先ほど師長が言っていた言葉を思い出した。

 

「記憶の削除が、僕の負担になるからですか?」

「そうなんです。気になるかとは思いますが……あまり細かくお伝えできず申し訳ないです」

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