P06:傭兵団ワイルド・スカンク【03】

◇◇


 数分前迄はBMバトルマシンがひっきりなしに出入りしていた補給地点。今は静かなもので、少しまったりしている後方部隊の皆さんをライナスさんと共に護衛中。燃料の詰まった凄く大きなタンクローリーが二台とクレーンが配置され、プレハブな事務所や簡易的な弾薬庫まで設置されている。


「アリアだっけ、燃料タンカーや弾薬庫に間違えても発砲するなよ! ここら一帯が火の海になってオレ達も燃えカスになる。補給も無くなって前線の部隊も全滅だ。気合い入れろよ!」

「あっ、はいっ!」


 ハッチを開けて進むBMのコクピットに座るライナスから檄が飛ぶ。因みにこのライナスという中年男性イケオジは右足切断という大怪我をしてから護衛任務専門にしてもらったらしい。それ故なのか、こと護衛については皆からの信頼は相当に厚い。


(まぁライナスと一緒なら良いか、って二十回くらいは言われたわ!)


「ふぅ……落ち着いたら怖くなってきたわ」

「ソレデイイ」


 言葉少なめのオリハ。ちびオリハも動き少なめだ。


(あら……緊張気味なのかな? それとも、わざとそっけない態度を取って私に冷静になれって教えてくれてるのかな。やっぱり頼りになるなぁ……)


 戦いの場となると不安になる。恐怖に叫び出さないのは、やはりオリハの存在は大きい。今はコンソールの中で小さな地図と睨めっこしている。


「コノチケイ、ナラ、コウホウカラノ、シュウゲキハ、マァ、ダイジョウブ……カナ……」

「そうなんだ……」


 前線が見渡せる高台にライナスは陣取っていた。アリアは逆に後方の通路に繋がる場所で警戒任務を命令されている。


(責任重大よ。うひーっ、やっぱり怖くなってきたわ)


「ねぇねぇ、オリハ……大丈夫……かな?」

「コウホウ、ハ、モンダイナイ」


(えーっ……そっけなさすぎない? こういう時は『ゴホウビ、ウヘヘ』とか言って場を和ませて欲しいわ)


 くだらないことを考えていると、アリアにも小さな『パン』という音が一回だけ聴こえた。


「ハジマッタ」

「えっ?」


 直ぐに銃声は連続したものとなり、爆発音も聴こえてきた。


「おい、前線で戦闘が始まったぞ。よし、アリア。こっちも現時点から交戦自由。ハッチを閉めろ!」

「あっ! り、了解!」


 明らかに遠くだが複数の銃声と爆発音。地面の振動も感じられた。アリアが何かいう前にハッチが閉まっていく。オリハが無線の周波数を作戦用のものに合わせるとコクピット内にも皆の真剣な声が聞こえてきた。


『――ジャック隊下がれ。敵BMのお出ましだ! クイーン隊は準備良いか!』

『――おうよっ! ウイスキー小隊、ブランデー小隊、準備オッケー!』

『――クイーン隊、ステイアヘッド優勢維持! 繰り返す、ステイアヘッド』


 緊迫感ある皆の声。大人達の真剣な大声。


『――こちらキング隊、こちらキング隊、まだか! ターゲットを視認している、早く!』

『――まだだ、カミナ、切り札は最後だ! クイーン隊、アタック、繰り返す、クイーン隊、アタック、ゴーゴーゴー!』


 その瞬間、明らかに遠くの銃声と爆発音が激しくなった。無線の緊迫感が合わさって恐怖も倍増だ。


「きゃっ! オリハー……大丈夫かなぁ」

「……」


 コンソールを覗くとオリハは棒立ちでピクリとも動かない。無線に聴き入っているように見えた。


(オリハも……緊張してるのかな?)


「ねぇ、私達は……行かなくて良いんだよね?」

「ニゲルナ、シヌナ、フタツシカ、メイレイ、ハ、ナカッタ」

「あっ……なるほどね。って、それで良いの?」

「ソレデイイ」


 正直言って『ヨシ、タスケニイコウ』なんて言われても困る。お留守番だけで良かった。ほっと一息吐いたところで近くに銃声が聞こえた気がした。


「あら、近い銃声ね……」

「マァ、コウホウ、ハ、コンナコトガ、オオイ……」

「えっ、うわー、横から奇襲よ!」


 山側の崖からバトルマシーンが二、三体滑り落ちてきた。しかし、悲鳴を上げる間もなく一体が爆散した。ライナスが反応して銃撃を開始していた。


「アリア、タンカーを守れ! 防弾装甲でもデカいのもらったらヤバい」

「ライナスさん! は、はいっ!」


 その瞬間、コンソールの横から飛び出て来た何かがポンと膝元に落ちた。

 ゲームパッド!


「えっ……私がやるの?」

「ガンバレ」


 コンソールの中のちびオリハはタバコを吸ってノンビリしている。このタイミングでーー、と焦るアリア。


「ここで? 今から? ホントに?」

「ソウ。イマ。ガンバ」


 プルプル震えるアリア。


「やってやるわよ! 見てなさい、右右左左上……ダメー! きゃーこわいーっ!」


 BM一体と撃ち合うが照準が上手くいかない。敵BMの弾丸はオリハの左手の防弾装甲にバシバシ当たっていた。


「ホラホラ、コワレルヨー」

「やめてー!」


 遊んでいるようなアリアとオリハ。ライナスは既に二機目を行動不能にしていたのでじっとコチラを見ていた。アリアが一体倒せば問題なく切り抜けられそうだ。


「このっ、このっ、当たれ当たれー!」


 至近距離で外しまくるアリア。


「アリアちゃん……遊んでる?」

「遊んでません!」

「じゃあ助けるよ?」

「あぁ、もう少し、もう少しだから!」


 その時、遠くの山頂から伸びてきた赤い線が燃料タンクの一つに当たった。


「レーザーサイト……チガウ。コウゲキダ!」

「ナニナニ、次は何なのー?」

「なんてこった! 狙撃されてる!」


 焦るライナス。防弾耐熱装甲でもレーザー直撃なら長い時間は持たない。


「えっ? 遠くの山から赤い線がタンカーに刺さって……わっ、真っ赤になってるよ!」

「遠過ぎる! 支援要請、メーデー、メーデー、燃料タンクを敵から狙撃を受けている、支援要請、誰か!」


 補給隊の人達も右往左往している。直接狙えない山間の窪地に設置したので逆にすぐには移動できない。

 しかも、無線の中も混乱の極みだった。キング隊が突入すると、敵の予備兵力とかち合う予想外の戦闘が発生していた。


『――メーデー、メーデー、こちらキング隊、想定外戦力と交戦中!』

『――ナイト小隊、一騎ダウン! 一騎ダウン、救援求む! 早く!』

『――えーい! 私の前から全員どけーっ! 粒子ビームを一発使うぞ』

『――待てカミナ! オレが行く』


 ナッシュやカミナの焦る声が聴こえる。とても此方の状況を気にする暇はなさそうだ。


「マズイ……」

「どうするの、よ!」

「サスガニ……デハ、コントロールモラウゾ!」


 コクピット全体に文字やグラフが一瞬表示されるとコンソールの中のちびキャラがターンを決める。その瞬間、光の演出と共にメインモニター側に八頭身オリハが現れた。決めポーズをとってこちらを見つめている。


「ドウダ! エンシュツ、クフウシタヨ!」

「そんなことやってる場合? 早くどうにかしなさい!」


 アリアが叱責するとシュンとするオリハ。


「イッショウケンメイ、キノウノヨルニ、カンガエタノニナァ……」


 八等身イケメンが溜息を吐いてからイケボで喋り始めた。


engage enemy now.

(現在、交戦中)

detect a few energy and uncertain energy at long range.

(数体、及び遠距離に不確定なエネルギーを検知)

move to counter attack sequence.

(反撃態勢に移行する)

targets lock.

(複数の目標を固定)


 ダンスのようにポーズを決めながらイケボでセリフを読み上げている。アリアは呆然と眺めるしかできない。


(それにしても……まるでロボットの外にホンモノのVチューバーがいるみたい……って、ホンモノのVチューバーって何よ?)


mode change SNIPE.

(狙撃モード『スナイプ』に移行)

are you ready?

(準備を確認する)


 やはりアリアの目にはVチューバーのライブにしか思えない。胸の前で手を小さく叩くアリア。


「いけー、やっちゃえー、オリハー!」


 オリハが操縦し始めると脚部ホイールを使ってダッシュで敵BMに飛び込む。そのまま防弾装甲を使ってタックルしてのんびり撃ち合いをしていたBMを弾き飛ばした。


「オリハ、どうするの? 飛んでって山の向こうに行くの?」


 いつものライフルを背中のアタッチメントに固定しながら背中の反対側に装備された折り畳み式の銃身を展開する。それと同時にBMの頭部にも背中から望遠レンズが延びてきた。アリアの正面のモニターにもズームされた映像が表示されている。遠くの山頂に赤いレーザーを発射している砲身が少しだけ見えた。


「ここから倒すの? ねぇ、ねぇ、オリハ!」

「サキニ、ケイヤクダ! イキタケレバ、ハイ、ココデ、オワリタケレバ、イイエ、トイエ」

「えっ? あっ、はい! ハイでーす! ふれーふれー、オ・リ・ハ! がんばれ、がんばれ、オッリーハーッ!」


 大慌てで全力の肯定。気分はチアリーダーだ。揺れるコクピットの中、満面の笑みで器用に腕を振り回す。


「ヨシッ、デハ、ケイヤク、セイリツダ」


ok.

(了解)

the order has been approved.

(指令を承認する)

mode change SNIPE complete.

(『スナイプ』移行完了)

ready ……

(射撃準備……)


 ここで手に持っていたゲームパッドがいきなり仕舞わると、座席の横から操縦桿、背後からHMDヘッドマウントディスプレイ付きのヘルメットが出てきた。慌ててそれを被ると、呆れるほどに精密な外の風景が映っている。


「相変わらず外にいるみたい……あっ、イケメンオリハが消えちゃった!」


 ヘルメットを少し上げて正面のモニターに目をやると、そこには両手に腰をやって怒った八等身イケメンの姿が映っていた。


「セントウ、カイシ、スルヨ!」


(イケメンにマンツーマンで怒られるのも悪くないわね……)


 アリアはオリハをじっと見つめていた。すると、オリハは身体を前屈みにしてアリアに顔を近づけた。大きなモニターには顔がアップで映っている。至近距離で見つめ合っているような感じに、アリアも流石に緊張するのかモジモジし始めた。


「アリア、キイテル?」

「あっ……」


 本気で怒らせるのも良くない、そう思い直したのか大人しくヘルメットを被り直す。すると、待っていたように身体がベルトでシートに固定された。


「ライナス、コッチノBMマカセタ!」


 オリハは弾き飛ばしたBMに射撃を加えてくれているライナスに声を掛けてから高台へ高速移動した。大型のライフルを構えて敵砲台をズームで狙いをつけてみる。しかし防御陣地に遮られて射線が通らない。


『――な、なに? なんだって? お前、アリアか? どうするつもりだ!』

「カクド、ガ、ワルイ……アリア、ターゲット、ガ、サイトニ、ハイッタラ、トリガーヲヒケ」


 コンソールの下からトリガーのついたレバーが出てきた。アリアの見ている映像に矢印が現れて、そのレバーを指し示している。


「えっ、なにこれ? 何の操縦桿? ねぇ――」

「――ニギレ」


 いつもよりぶっきらぼうな感じに少し焦る。


「あっ、はい」

「イマ、ウツッテル、ジュウジニ、テキガハイッタラ、トリガーヲ、ヒケ」


 HMDの中には照準が表示されていた。今はレーザーを発射している砲身の一部だけが照準と重なっている。本体は壁の向こうだ。


「えーっ、私?」

「ソウダ。マカセタ」

「えーーっ!」


 オリハの喋り方に余裕が無い。その雰囲気に背筋がゾッとして、思わず生唾を飲み込む。


(こ、怖い……でも、私がやらないとっ!)


「分かったわ! 準備オッケー!」

「ヨシッ!」


 返事をするや否や一気に前方に加速するオリハ。身体がシートに押さえ付けられる。まるでジェットコースターだ。


「きゃーーーーー!」


 全速のローラーダッシュで半円を描くように勢いをつけて再度高台に近づく。

 シートに固定されているとはいえ身体が横に吹き飛びそうになる。その時、チラッとライナスの乗るBMが視界に入った。無事、先ほどの敵BMを撃破していた。


(ライナスさんがんばってるなぁ)


 よーし、私もやるわよ! と気合を入れ直す。


「イクゾ!」


 高台の段差を使って空中にジャンプすると、スラストレバーが最大推力まで一気に奥へ倒された。メインバーニアとスラスターが地面に向けて一気にパワーを解放すると上空へ飛び上がる。

 視界に映る光景から地面が無くなり空と遠くの山々しか見えなくなった。


「うひーーっ! と、飛んだー」

「アリア、シャゲキ、ヨウイ! レティクル、ニ、ハイッタラ、トリガー、ヲヒケ」

「れ、れてぃくる? 何それ?」

「メノマエノ、ジュウジ!」

「そういうことねっ!」


 焦る機械音声。アリアもギリギリ目の前の十字が照準ということを理解した。

 

 赤い線を出してる変な機械が視界に入ってくる。銃身が砲台の方に向くと照準に重なり始めた。しかし上昇中なので揺れて照準が安定しない。バーニアのオーバーヒート警報が鳴り響く中、推力をカットするオリハ。高度二百メートルほどで一瞬の静寂。

 その瞬間、照準にレーザー砲台を捕らえた。


target insight

(標的を照準に捉えた)


「オリハ、やったよ、ど真ん中!」

「イマダ! Fire(撃てっ)!」

「当たれーーっ!」


 トリガーを引き絞るとこちらの砲身から閃光が走った。粒子を散らしながら光の塊が敵砲台に向けて一直線に飛んでいく。こちらのビームは敵砲台に大穴を開けると刹那に敵レーザーは途切れ、次の瞬間には爆散した。


target down. target down confirmed!

(目標の沈黙を確認)


 イケボで喋り出すオリハとまだ呆然とするアリア。


「アタッタゾ、アリア」

「……いやったー! オリハ、やったよーって、きゃーーー!」


 自由落下でフリーフォール状態。焦るアリアがHMDを外すとオリハは正面で胡座をかいてリラックスしていた。しかし徐々に落下速度が速くなる。


「アセッタケド、ブジオワリ。ヨカッタネー」


 呑気なセリフにオリハを睨みつけると落下中にも関わらず、器用にコーヒーを飲んでいた。


「落ちるーー! きゃーーー!」


 アリアの脳裏には走馬灯が巡り始めた。しかし地上に着くギリギリのところで再度スラストレバーが最大推力に押し込まれる。一気に落下は緩やかになり無事着地した。


「ハイ、トーチャクー!」


 またも呑気な声に怒りが湧く。しかしあまりの恐怖に腰が抜けて立ち上がれない。


(それに……この歳でコレは恥ずい……)


「うぅ……怖かった。もっと緩やかに降りなさいよ!」

「エーッ、ネンリョウ、セツヤク、ダイジダヨ」


 モゾモゾと内股で座るアリア。怒っているが顔が赤い。


(うぅ、少しおしっこ漏れちゃった)


「アレ? イス、ヌレテル……」

「ぎゃーーーー! 言わないでーーー!」

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