P05:傭兵団ワイルド・スカンク【02】

「ようへい……だん? 傭兵? 傭兵団!」


 傭兵という言葉からは迷彩服に無精髭でムキムキの荒くれ者というイメージしか出てこない。どちらかと言うと盗賊団の方がしっくりくる。商人や輸送船を襲って夜は酒盛りしてる光景が頭に浮かぶ。


(正直怖い……ぞ)


「傭兵団って……大丈夫なの? ちょっと怖いんだけど?」

「タダノ、ショクギョウ、ダゾ」


 オリハは逆に『何言ってるの?』という感じだったが、アリアが本気で心配そうだったのでモニターに情報を出してくれた。

 オリハが映してくれた説明を熟読する。



――因みに、アリアには日本語として読めていた。散々に神様へ文句を言っていたが、これは勿論チート能力だ



 半機族を狩って『タグ』と呼ばれる部品を役場に持っていくと、見合った料金が支払われる。そんなことを生業にしている人達が集まって『傭兵団』と呼ばれる集団を作っているらしい。


(それって猟師さん……いや、冒険者っぽくない?)


 そんな人達が集まって協力し合うということは……アリアにも思い当たる言葉がある。

 それは『冒険者ギルド』だった。


「そうかー。ダンジョンに潜ってモンスターをやっつけてゴールドを稼ぐのね……」

「ン? マァ、イイカ。ソンナ、カンジ」


 この近くに割と評判の良い傭兵団「ワイルド・スカンク」の拠点があるから、そこにお世話になろうとオリハは提案してくれた。


「んー、じゃあ受付のお姉さんは美人さんなのかな……」

「ン? ドンナ、カンガエカタシタラ……」

「そういうモノなのよ。では行きましょう!」

「フーン」


 先ほどの戦闘で倒したBMバトルマシンのタグもオリハに言われて回収済みだった。六枚のタグに細い鎖をつけてペンダントのようにするのは、この世界のマナーらしい。これを街の役場や傭兵団の事務所に持っていくと換金して貰えるとのこと。


(よーし、受付のお姉さんに褒めてもらおっと!)


「さぁ、行きましょう!」

「アイアイサー」


◇◇


「ど、どどう? はは、は、ははは半機族のバ、バトルマシーンを倒せるわ」


 冷や汗をかきながら強気な感じを演じるアリア。

 目の前には毛むくじゃら……は言い過ぎか。無精髭で迷彩服着たゴツいオッサンがアリアを訝しんでいる。その背後には二、三十人が腕組みして睨んでいた。


(ひーっ、緊張するー)


「……という訳で、これが証拠よ。私を雇って貰えない?」


 六体のタグをジャラっと見せる。

 オリハから事前の指示で『強気でいけっ』と言われていた。今もワイヤレスのヘッドセットから「ウツムクナ、アイテノ、メヲミロ」と聴こえてくる。

 そう言われても、身体の震えは止まらない。


「……お前のBMか、アレが。」

「そ、そそうよ。オリハって名前なの」

「見たことがない……。型番も分からんな」

「……」


 何十人ものオッサンがオリハを眺めてる。すると目の前の迷彩服のオッサンがポンっと手を叩いた。


「よし、それを売って、ウチで飯炊めしたきでもするってのはどうだ? その方が安心だろ。十年は遊んで暮らせる金も渡せるぞ」


(えーっ、その提案は結構魅力的じゃない? 野球部のマネージャーか寮母さんのポジションよ)


 エプロン姿で大鍋を掻き回す姿を想像しているとヘッドセットからの機械音声マシンボイスが焦っていた。


『――ピーッ! アリア、ダ、ダメ、ダカラネ。オネガイ、ムサイ、オッサン、ナンテ、ノセタクナイ!』


 不純な動機に少しだけ不信感が湧く。

 でもしょうがない。打ち合わせ通りにしましょう、と溜息混じりに返答する。


「いえ、私も戦わせて下さい。無理と判断したら……さっきの提案を受けます」

「お前一人か?」


 男からの厳しい視線と声色。

 だから雰囲気を和らげるように柔らかい声色を意識する。


「いえ、オリハと二人です」

「そりゃBMの名前……いや、同じ名前のヤツが居るのか? 何処にいる?」


 オリハの方を見てから少しだけ辺りの様子をうかがっている。それに釣られて背後の男達もキョロキョし始めた。そこで初めて気づくアリア。


(そうか。『オリハ』というパイロットが他に居るのを疑っているんだ)


 慌てて訂正する。


「このロボット……あっ、このBMのAI人工知能なんです」

「AI? 本当か?」


 アリアはニコッと微笑んでからオリハに振り向いた。


「オリハ、では見せてあげなさい!」

「ウッ……ミナサン、オリハ、デス。ヨロシク。デ、デハ、カンシャノ、ダンスデス」


 ハッチの開いた空のコクピットを見せながら機械音声で挨拶するオリハ。アリアはオリハと敵意が無いことをどう証明するかで揉めていた。結局アリアの案の『感謝のダンス』と名付けられた創作ダンスを披露することになった。


『――ゼッタイ、スケット、ノホウガ、モリアガルノニ……』

「こっちの方が可愛くて良いわよ!」


 滑らかに謎のダンスを舞い踊る六メートルの人型機械。ダンスの出来に満足そうなアリア。それを見て唖然とする男達。すると、女の大笑いが聞こえてきた。


「あはははは! サイコーじゃんかよ、ナッシュ。AIってことは『アーティファクト』だろ? このタイミングならサイコーだ!」

「あーてぃ……ふぁくと? 何ですか、それは?」

『――ゾクニ、イウ、、ダナ』


 オリハが呟くがアリアは小首を傾げている。


「分かんない言葉を分かんない言葉で説明されても困る……」


 このやり取りを聞いていたナッシュと呼ばれた男が笑い出した。


「この近辺の軍団でアーティファクトを二個持ってるヤツらなんて居ない。更に一個追加なら準正規軍も夢じゃねー!」

「ははは、確かにカミナの言う通りか。アリア、断る理由は一つもない! では、仮契約成立だ」

「仮?」


 アリアが不満そうに聞く。


「あぁ、次の作戦について来い。ウチでも年に何回も無い大きな作戦だ。ただでさえ一機でも味方はありがたい。それがアーティファクト持ちの可愛い女の子だ! ははは、これも暁光ぎょうこうかぁ? みんな、どうだ!」


 後ろを振り向き皆に問い掛けると、殆どの男達はうんうんと頷いていた。


「良いんじゃねーか?」

「可愛いし」

「ああ、可愛いしな。今晩お相手してくれねー? ひゃはは」

「そうそう、その服装も街の娼婦より色っぽいしな!」

「うはは、お前ら、ロリコンかよ! ジジイが張り切るなよ!」

「それよりアーティファクトだ。オレ達にも使わせて貰おうぜ」


 否定の声は聞こえてこないが、時々怪しいセリフも聞こえてくる。


(うぅ、好意的なのか全然分からない……)


「じゃあ決まりだ。よろしく、アリア。俺は副団長、兼面倒ごと担当のナッシュだ。何か困り事があればオレに言えよ」

「あっ、はい! あ、ありがとうございます!」

「じゃあ皆んな、作戦まで二時間だ! カワイイ子ちゃんも降臨してる。この狩りも成功させるぞー!」

「おぉーーーっ!」


 一斉にドスの効いた大声が響き渡る。しかし怖くなるほどの迫力。


『――ヨシ、ヨカッタ。デハ、コチラモ、ジュンビシヨウ』


 大人の男達の雰囲気に呑まれて緊張するアリア。そっとマイクに呟く。


「お、オリハ……お願いね」

『――マカサレタゾ!』


 いつもは茶化してくるのに、頼もしい雰囲気を醸し出してきた。ちょっとカッコよく見える。少し潤んだ目で踊るBMを見ているとナッシュが肩を叩いてきた。


「お嬢さん、整備場ハンガーは十二番が空いてるはずだ。勝手に使え。生き残ったら入団だ。ははは。カッコいいとこ見せようとか張り切るなよ。もう一度言う。お嬢さん、張り切るなよ、死ぬなよ、以上だ!」

「は、はいっ!」


 返事を聞くと振り返らず手を振りながら歩いていく。しかしアリアは何故かテンション高く少し憤慨している。


「でも、お嬢さんって見下されてる感じね。ジェンダー問題よ、職業選択の自由にも違反してるわ。こーなったら見返すくらいガンバらなきゃ!」

『――イヤ、ガンバラナクテイイ』


 ガッツポーズして気合を入れていると気の抜けた機械音声が聞こえてきた。手拍子の鳴る中、ダンスしていたオリハだが、ハンガーの場所を聞くと突然踊りをやめてハンガーに歩き出していた。

 周りの観客のブーイングも気にしてない様子だ。


「何でよ?」

『――アノ、オトコガタダシイ。シナナイコトダケ、カンガエロ』

「そっか……そうね。オリハ、ありがとう」


 突然、男の職場に放り込まれたアリア。迷惑を掛けないように、いつも以上に頑張らなきゃ、と焦っていたが冷静なオリハの言葉に落ち着きを取り戻した。

 じっとBMオリハを眺めて感心する。場数が違うのか、慣れてる感じに少し尊敬する。


『――イキノコッタラ……ゴ、ゴ、ゴホウビ、ヨロシク』


 そっとインカムを外して溜息一つ。


「もう……少し感動してたのに……」


◇◇


 食事やトイレを済ませると、作戦前のブリーフィング事前打合せが始まった。オリハの方も、結局燃料、弾薬の補給を受けたらしい。『ジブン、デ、セイセイスルヨリ、ラクチン』とのこと。

 ゲート前の広場には既にBMが四、五十騎くらい並んでいた。アリア・オリハ組も隅っこに並ばせて貰っている。パイロット達は自分のBMに乗り込んでキャノピーを開けて待機中だ。


(整備する方とか、皆さんも整列して勢揃いで壮観よ。映画みたいでカッコいいわ)


 キョロキョロしていると、またナッシュ副団長がマイクで喋り始めた。


「お前らよく聞けー。今回は長年の努力が報われる作戦となる重要な一戦だ。ここら一帯をテリトリーにする半機族のアジトが判明した」

「おぉーーっ!」

「ん? アジト?」


 アリアの頭の中では機械人形達がちゃぶ台を囲んでご飯を食べている姿が浮かんでいた。


「ス、ネグラ、キョテン、ソンナカンジダ」

「うぷぷっ、あの機械達がそこで暮らしてるのかな?」

「……ソウ、オモエバイイ」

「何よっ! 私、アホの子じゃ無いわよ!」

「イイカラ、ハナシヲキケ!」

「あっ、はい……」


 割と強めの口調にしゅんとなるアリア。もちろんコンソールの中のオリハも可愛らしく怒っている。


(素人の私と違って、ホント、こういう時は頼りになるなぁ……)


 ここは素直に反省してナッシュの言葉に耳を傾けることにする。


「……部隊を三つに分ける。遠距離からの牽制にジャック隊、誘い出したところでクイーン隊が横からぶちのめす」

「待ってました!」

「へへへ、クイーンがお立ち台だな」

「落ち着けよ。キング隊はその後で基地拠点を壊滅させる。カミナ、いけるな?」

「今日の為に粒子ビームを三発は撃てるように充電しておいた。任せろっ!」


 カミナと呼ばれた大女は自分のBMの肩の辺りに出てきて周りを煽っている。褐色の肌に服の上からでも分かる筋肉、歴戦の女戦士、という感じだ。


(すっごーい。よーし、私もさっきサンドイッチも食べたから気合十分よ!)


「オリハ、さぁ、がんばりましょー!」

「リュウシビーム……『アーティファクト』ナンダロウナ……」

「えっ、なになに? オリハ、活躍するわよーっ!」


 アリアは興奮して目がキマっている。息も荒くコンソールをバンバン叩いていている。


「イタタ! イヤ、オチツイテ!」

「新人! お前は後方支援だ。ライナスと共に後方部隊の護衛にまわってくれ。逃げるなよ、ははは。死ぬなよ!」


 ナッシュがこちらを見ながら声を掛けてくれた。周りからは笑いと小さな歓声が響いた。


「あっ、私達の任務! どういうこと? ねぇ、どういうこと?」


 一人で興奮していたアリアだが『後方支援』という言葉の意味が分からない。オリハをじっと見つめる。


「……ワカッテルナ。ココヲエランデ、セイカイダッタ。サァ、オルスバン、シッカリヤルゾ」

「えっ、えっ? おるす……お留守番?」


 敵を一騎で薙ぎ払って皆に誉め称えられる姿を想像していたアリアだったが、そのイメージは脆くも崩れ去っていった。


「おるすばん、なのー?」

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