第2話

ザシュッ


「クソッ! 次から次へと…きりがない」


 ルディウスは襲ってくるオークの群れを見て呟いた。


「団長!」

「サルディナ、どうしてこんなところまで来た。後ろに控えていろと言っただろ!」


 今日はサルディナに取ってのダンジョン初挑戦の日でもあった。

 初めてなので、最後尾で様子を見ていろと命令していたのだが、なぜか彼女は最前列の彼の所まで走ってきた。

 ミスリル仕様の帷子を着け、ゆっさゆっさと豊かな胸を揺らして走ってくる彼女に、他の団員達が思わず釘付けになる。


「お前達、気を抜くな!」


 魔獣と戦っている最中に、不謹慎極まりないとルディウスが檄を飛ばすと、皆はっと我に返る。


「どうして命令を無視する 上官の命令は絶対だぞ」


 オレンジの髪をきっちりとひとつに纏め、剣を腰に差した彼女に、ルディウスは怒鳴った。


「団長、どうやらオークメイジがいるようです」


 しかしそんな彼の怒りなど意に介さず、彼女は自分の見解を口にする。


「何だって! それは本当か!?」


 オークメイジはオークの上位種で、魔法を使う。


「はい。先ほど気配察知で確認しました」

「そうか…魔法で強化されているのか。どうりでいつもよりしぶとい」


 そう言いながらも、横から襲ってきたオークの一匹を斬り捨てる。

 ルディウスの剣を受けて、オークが燃え上がる。

 彼の魔法適性は炎と風。

 その剣には魔石が嵌め込まれており、彼の魔力を増幅させ、剣と共に炎を放つのだ。

 普通より魔力があるルディウスとは言え、途中でエリクサーを飲まなければならないくらい、今日の魔獣討伐は過酷だった。


「最近魔獣の動きが活性化されている。もしかして、近々スタンピードでも起こるのでは?」


 嫌な予感がして、思わず呟く。


「まさか…そんなこと」


 それを聞いたグルリスが、信じたくないとばかりに否定する。

 スタンピード。

 それは魔獣の大量発生。

 数百年に一度、それは周期的に起こるが、発生する原因は、まだ解明されていない。

 

「サルディナ、お前のその探索魔法は、どれくらいの範囲まで有効だ?」


 一匹居ればオーク百匹ほどの戦力にもなるオークメイジを先に倒さなければ、やがてこちらの体力が尽きてしまう。


「このダンジョン全体把握できます」

「本当か!」


 ダンジョンは約五十階層あるそうだが、生き物とも言われて全容を把握することは無理だと言われている。過去に探索魔法を駆使して探ったが、十階層までが限界だった。

 それをサルディナは五階層にいながら、その全容を把握できるという。


「オークメイジがどこにいるかもわかるのか?」

「はい。この先の岩陰に…それと」

「なんだ?」


 言いにくそうに、サルディナが言葉を濁す。


「オークキングもいます」

「オークキングだと!?」


 オークキングも上位種で、オークが進化する過程で、オークメイジとどちらかになる。


「オークメイジだけでなく、オークキングまで」

 

 ルディウスはちらりと周囲を見回す。回復魔法やポーションで何とか持ち堪えているが、今の団員たちの体力では、はたしてオークメイジとオークキングの両方を倒せるか、甚だ疑問だった。


「ここは撤退か」


 部下の命を危険に晒すわけには行かない。撤退の見極めこそ大事。その見極めが功を奏し、彼は今まで生き残ってきたのだ。


「僭越ながら団長、私と団長がタッグを組めば、オークメイジとオークキング両方を倒せます」

「サルディナ、お前何を…」

「昨年、コンシチ渓谷でレッドドラゴンを倒したのは、実は私です」

「は?」

「それから、その前にタルハヤ山脈でキメラを倒したのも。後は」

「ま、待て待て待て」


 ルディウスはサルディナの告白に慌てふためいた。


「待て、その話はおれも聞いたが、あれは中央の騎士団が王太子殿下と…」

「表向きはそう言うことになっていますが、あれは私一人の功績です。殿下と騎士団は安全地帯から様子を窺っていただけです」

「つまり…全部サルディナ殿がやったのに、それを王太子達の武勇伝にさせられたと?」


 グルリスが確認すると、彼女は頷いた。

 

「そういうことですから、私の実力は確かです。私がオークメイジを倒しますから、団長達はオークキングをお願いします。さあ、皆さん、頑張りましょう!」


 彼女がそう言って腕を真上に突き上げると、ルディウスの体から疲労感が消え失せ、力が漲ってきた。


「体が軽いぞ」

「すごい、力が…」


 団員達からもどよめきが起る。


「回復魔法と身体強化魔法、それから防御力も上げておきました」


 彼女が何かやったのだとわかり、ルディウスが彼女の方を見ると、ウインクして親指を突き立ててそう言った。


「お前達、もうひと踏ん張りだ、今日無事にダンジョンを出たら、俺の奢りで酒盛りだ」

「おおおおお」


 一気に団員達の士気があがり、皆でオークを蹴散らしながら五階層の奧へと突き進んだ。

 


「今日はご苦労だったな。今日一番の功労者が、こんな隅っこで何をしているんだ」


 ルディウスが皆から一歩離れた場所で座っているサルディナに、エールの入ったジョッキを渡した。


 奇跡的に一人の負傷者も出さず、全員無事にダンジョンから生還することができた。

 サルディナの言うとおり、奧にはオークメイジとオークキングが待ち受けていたが、まずサルディナが魔法でオークメイジの動きと口を封じ、魔法を使えなくすると、オークキングの足元を泥に変え、オークキングの動きを奪った。

 その状態で剣に魔法を纏わせたルディウスが、オークキングの攻撃を避けつつ首を切り落とした。

 彼がオークキングの首を切り落とした時には、オークメイジは雷撃を浴びて真っ黒焦げになっていた。


「認識阻害魔法で、目立たないようにしていたのに、どうして私がここにいるとわかったんですか?」


 どうやら彼女は魔法で皆から隠れていたらしい。

 

「俺にそう言う魔法は通じない」


 ルディウスは服の下から、ペンダントを取り出して彼女に見せた。


「それって、魔導具?」


 大きな漆黒の魔石が嵌め込まれたペンダントを見て、サルディナが尋ねた。


「母親の形見だ。精神干渉の魔法を弾く」

「それって、私に話して構わないのですか?」

 

 大きさと言い、性能と言い、かなり値が張る品物だ。


「団員達は皆知っている。お前も団員の一人だ」

「仲間だと…思ってくれるのですか?」


 サルディナは少し寂しげにそう言う。


「どうした?」

「その…ダンジョンで、レッドドラゴンやキメラを倒したこと、お話ししましたよね」

「ああ」

「あの時は、団長に私の実力を知ってもらうてっとり早い方法だと思いましたけど…」

「けど? あ、もしかして、王太子殿下とかに何か言われたのか」

「はい。『女のくせにでしゃばるな。婚約者であるお前の功績は私のもの。自分だけの実力だと思うな』と」

「なるほどね。見栄っぱりなことだ」


 苦笑いして、ぐびりとルディウスはエールを飲んだ。


「ここでは実力が物を言う。皆が生きて帰れたのも、サルディナのお陰だ。胸を張って威張れば良い」


 ルディウスは、思わずいつも部下を励ます時にするように、ポンポンと頭を撫でた。


「あ、すまない。ついいつもの癖で…嫌だったな」


 触れたサルディナの髪がとても柔らかく、滑らかだったので彼は慌てて手を離した。

 相手は女性で、ついこの前まで貴族令嬢だったのだ。馴れ馴れしい態度を取ったと後悔する。


「いえ、今みたいに頭を撫でてもらったのは、初めてです」

「初めて?」


 団長となったルディウスの頭を撫でる者はいないが、小さい頃は両親にいつもそうやって褒められてきた。しかし、貴族はそうじゃないらしい。

 

「貴族というのは、大きな邸に住んで、同じ家にいても滅多に顔を合わせることがないと聞くが、そういうものか」

「他の家はどうか知りませんが、我が家はそうでした」


 王太子に婚約破棄を言い渡され、ここへ追放される娘を勘当するような親なので、そう言うことも有り得るのかと、それ以上ルディウスは何も言わなかった。


「とにかくよくやった。大したことは出来ないが、何でも言うことを聞いてやるぞ」

「え、いいんですか?」

で、だぞ。宝石とか豪華なドレスとか、ここにないものは無理だ」

 

 意外に彼女の食いつきが凄かったので、ルディウスは一瞬後悔した。

 しかし、口にしてしまったものは、仕方が無い。


「えっと、じゃあ、もう一回、頭を撫でてもらっていいですか?」

「え?」

「団長の手、大きくてあったかくて、撫でてもらって気持ちよかったんです。だから、これからも頑張ったらご褒美に頭を撫でてください」


 そう言って、彼女は頭頂部を彼に向けて「さあ撫でろ」と言わんばかりに突き出してきた。


「い、いや…それは」

「だめ、ですか?」


 戸惑っていると、サルディナは少し頭を上げて、上目遣いに彼を見る。

 

「だ、だめとか…そういうわけでは…」

 

 息が掛かるくらい彼女の顔が近くにあって、ルディウスは戸惑う。

 間近で見ると、彼女の肌はきめが細かく、とても綺麗だ。うっすらと鼻の頭にそばかすがあって、それが可愛い。しかも良い匂いがするし、脇を締めて手を突いているので、豊かな胸が強調されている。


「た、確かに俺の出来る範囲でとは言ったが、そ、そんなの安すぎるだろ」

「何が褒美かは、私が決めます。私は団長の頭ポンポンがいいんです」


 ルディウスの手をさっと掴むと、サルディナはその手を自分の頭に乗せた。


「ほら、ポンポンしてください」

「は、サルディナ、ちょっ、そんなに近づいたら…」


 ぶるんと彼女の豊かな胸が揺れ、それが彼の鼻先を掠める。彼女は撫でてもらおうと必死で、そのことに気づいていない。


「わ、わかった。わかった。撫でるから、ちょと落ち着け」

「本当ですか!」


 根負けしたルディウスがそう言うと、彼女はちょこんとその場で正座して、再び彼の方に頭を突き出した。


「い、いいか。他の奴らには秘密にしておけよ」

「はい、団長と私、二人の秘密ですね」


 ポンポンされて、サルディナは酷くご満悦になる。


「これが、悪役令嬢…ねえ」


 まるで小さな子供だと思いながら、彼女についての噂が噂でしかなかったことに、彼は深々とため息を吐いた。


「団長」

「なんだ?」


 ルディウスに頭をポンポンしてもらいながら、サルディナが話しかける。


「これからは、団長の背中は私に預けてくださいね。私、一生懸命頑張りますから」


 最初彼女がここに来た時は、適当に浅い階層でウロウロさせておいて、中央にはいかにも過酷な現場に行かせているように報告しようと思っていたが、今日の彼女の実力では、そうはいかないことがわかった。


「お前、本気か? 本気でダンジョンに潜ったら、今日よりもっと過酷なのが待ち受けているぞ」

「はい、それでもこの国と、この砦と、団長のために頑張ります」


 もの凄い熱意と覚悟が彼女から伝わってくる。


「わかった。ただし、今日みたいに命令違反はするな。今日は俺もお前の実力を見誤っていたことは認める。しかし、油断は禁物だからな。言っている意味はわかるな?」

「はい、もちろんであります」


 真面目なのか不真面目なのか、彼女はビシリと敬礼をして素直に答えた。


「頼りにしているぞ。サルディナ」


 再び彼女の頭をポンポンと、今度は自然に撫でた。


(やったわ。これで彼の傍にいられる)


 サルディナは、心の中でガッツポーズを決めた。


(あ、これって昔読んでいた恋愛小説じゃない?)

 

 サルディナは、ある日自分が昔読んでいた恋愛小説に転生していたことに気づいた。

 たくさんの小説を読み漁っていたことで、タイトルまでは思い出せなかったが、王太子レオンの顔を見て、表紙に描かれていた人物だと思った。

 そして、自分が王太子に婚約破棄を突きつけられる悪役令嬢だということも。

 確か、婚約破棄されてどこか辺境に飛ばされるのよね。

 そこでスタンピードが起り、呆気なく死んでしまう。そんな内容だった。

 何とか婚約破棄を免れようと、頑張ろうとしたが、そもそも婚約者の王太子が彼女の好みではなかった。

 甘えん坊で我が儘で癇癪持ち。こんな奴の婚約者であり続ける努力がばからしくなった。

 しかし、死亡エンドは御免被りたい。

 そう思って、密かに簡単に死ぬことがないよう、己を鍛えた。

 鍛えながら、王太子に嫌われるよう、ぽっちゃり体型も維持した。

 そして、自分が追放される辺境の砦に目星を付け、密かにどんな場所か探りに来た時、ルディウスのことを知った。

 前世マッチョ好きだった彼女は、一目で彼に恋をした。

 彼に会えるとなれば、断罪エンドも彼女にとってはハッピーエンドである。

 今すぐ彼の元へ駆けつけたい気持ちを抑え、婚約破棄を待ち続けた。


(長かったわ)


 苦節わずか数年だったが、何十年にも感じた。一刻も早く行かなければ、彼が死んだらどうしよう。

 そう思ってここにやってきた。


 彼女の胸を見て頬を赤らめる彼を見て、悪くない反応だとほくそ笑む。


(団長、覚悟していてくださいね)

 

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