44.幼い女神と愛の島
『というワケで、すっごく面白くなりそうなの!』
ここは『似十堂』から発売された恋愛ゲーム『エターナル愛ランド』の世界。
ウルは見学がてらに『ブイブイゲームス』第二作の開発が本格スタートしたことを、妹達に報告していました。
もちろん、社外秘の情報を無断で漏らしたりはしていません。
あくまで話したのは中身を特定できない大枠と、あとは『ブイブイ』社内がどれだけ盛り上がっているかという程度。それでも姉妹として付き合いの長いゴゴやモモは、ウルがこの調子なら確実に良い作品を仕上げてくるだろうという感触を得ていました。
二柱がその気になりさえすれば、ウルを適当に言いくるめて秘密を聞き出すこともできるのでしょうが、それでアイデアを盗んだりするよりは正面から勝負したほうが楽しいはずです。
『なるほど、それは楽しみですね』
『うんうん、期待しているのですよ。おっと、飲み物のおかわりを貰ってくるのです』
ちなみに三柱が現在いるのは『エターナル愛ランド』世界の中心にある都市。
そこのフードコートで『カルビー』のピザポテトをお供に、コーラやサイダーなどでノドを潤していました。ちなみにピザポテトはゲーム内の商店で購入したものではなく、ウルがここに来る前に日本のコンビニに寄って買ってきたものです。
さて、そろそろ肝心のゲーム内容の説明に移りますが、『エタ愛』は南国風の島を舞台に魅力的なNPCと仲を深めていく作品。環境的にはハワイや沖縄に近いでしょうか。道を歩けばそこらにヤシの木が生えていますし、気温も高めに設定されているので道行くプレイヤーやNPCの格好も薄手です。
主人公たるプレイヤーは、ゲーム開始時の選択により社会人や学生といった身分が与えられるので、勝手が分からない最初のうちはその設定に沿った行動を取るのが無難でしょうか。
同僚や同級生、先輩、後輩など、何人もの相手と話していれば、自然と気になる相手も出てくるはずです。リアリティが高すぎるゆえに自分から声をかける心理的なハードルは高そうですが、それについてはご心配なく。
プレイヤーが視線を向けた頻度や時間が増えるほど、NPCの内部的なパラメータに作用して、そのキャラに好意を持っているものと判断。なんとも都合の良いことに、そうして注目度のパラメータが一定以上に高まった相手が、自分から近付いて話題を振ってくれるという寸法です。
『へえ、なかなか良くできてるのね』
『でしょう? なにしろ専門家の力をお借りしましたから』
ゲーム作りのプロたる『似十堂』のスタッフだけではありません。
著名な心理学教授や精神科医、歌舞伎町のNO.1ホストやキャバクラ嬢、オカマバーの店主など、理論派と実践派双方の人間心理のプロを監修兼アドバイザーとして起用。どういう受け答えをすれば人間が他者に好意を抱くかを徹底的に調べ上げて、そのノウハウを惜しげもなく注ぎ込んだのです。
『たしかに男の人も女の人も、すっごいデレデレしてるの』
『うふふ、でもまあ、これでも一応は加減しているのですよ?』
プレイヤーがゲーム内キャラに好意を抱くのは願ったり叶ったり。
とはいえ、それにも限度というものがあります。α版ソフトをプレイした『ブイブイゲームス』スタッフのように、あまりにのめり込みすぎて実生活に支障をきたすのはメーカー側としても本意ではありません。
外部アドバイザーの精神科医からも同様の注意喚起が出たことで、恋愛対象となるNPCの言動を微調整。あまりに連続ログイン時間が長引いた場合は好感度が低下して突き放すような態度を取り、逆にゲーム外で仕事や勉強を頑張った話題を振れば好意的な振る舞いが増えるといった具合です。ゲームにのめり込んだ結果、かえって仕事や学業の成績が上がることもあるかもしれません。
そういった仕組みが看破された時に備えて、現実の肉体の脳波や心拍数を参照して判断する噓発見器のようなシステムまで組み込まれています。自分自身の肉体ですら欺ける天性の詐欺師でもない限りは、根も葉もないホラ話で好感度を稼ぐのはまず不可能でしょう。
オヤツタイムを終えた三柱は、『エタ愛』世界の中を特に目的地を決めずにブラついていました。ゲーム性がゲーム性なだけに、ホラーや格闘のような物騒な騒動とは無縁。プレイヤーとNPCのカップルが仲良く歩いているのが、そこかしこに見受けられます。
『ねえねえ、あそこにいる人達。どっちもNPCじゃなくて、中の人がいるみたいなのよ?』
『ずいぶん親しげですね。元々リアルでも恋人同士だったとかでしょうか? まあ、別にプレイヤー同士の恋愛を禁止しているわけではないので構いませんが』
『そういう人達が揃って恋愛ゲームをやるっていうのは、正直ちょっと意外なのです』
ゲームの自由度が高ければ高いほど、メーカー側が想定していない遊び方をするユーザーというのは出てくるものです。一時期、野球熱が盛り上がった『ダンジョンワールド』などはその好例。他プレイヤーに迷惑をかけるのでなければ、作品の広がりをアピールする要素としてむしろ推奨されるべきものでしょう。
ウル達が見かけたカップルは、見かけはどちらも十代半ばの初々しい少年少女。
ですが、その距離感は昨日今日知り合ったという風ではありません。
ゴゴが推測したような、元々現実でも恋人同士だった……という推測は外れていましたが、それなりに良い線を突いていたと言ってよいでしょう。
「あんれ、婆さんや、そこに神様が見えるぞ」
「あらやだわぁ、お爺ちゃんってば。その言い方じゃあ、まるでお迎えが来たみたいじゃないですか。神様たち、こんにちは。パソコンで見たのより、ずっと可愛らしいのねぇ」
「おうおう、若い頃の婆さんの次くらいに美人さんだなぁ。ほれ、よう見てみぃ。いつもはシワくちゃだけんど、昔はちょうどこんな風でなぁ」
「あらやだ、神様相手にそんな風に言うもんじゃありませんよぉ」
ウル達に気付いた少年少女の発言からして、彼らの素性や関係もおおよそ知ることができました。どうやら結婚して半世紀近くにもなる老夫婦が、キャラクターエディット機能を利用して自分達が十代だった頃の姿を取り戻し、新鮮な気持ちでデートを楽しんでいるようです。
詳しく話を聞いたところによると、ゲーム好きの孫に頼んで、昔の写真を参考になるべく似せて仮想の肉体を再現してもらったのだとか。
以前から新聞や雑誌で『ダンジョンワールド』にハマった同世代の老人の記事を読んで気になってはいたものの、恐ろしい怪物がそこらをうろついている世界というのはどうにも怖くて気が進まない。しかし先日発売された『エターナル愛ランド』には戦闘要素が皆無らしいと知って、思い切って夫婦で始めてみたのだそうです。
ゲーム内だと腰痛などの不調もないし、大きいステーキやクリームたっぷりのケーキを思いっきり食べても翌日の体調に響くことがない。何より身も心も自分達の青春時代に戻ったような心地がして、ずいぶんと気に入った様子でした。
『なるほど、楽しんでいただいているようで何よりです。こちらとしても創った甲斐があるというもので。貴重なお話をありがとうございました』
『うんうん、仲良きことは美しきかな、なのです』
ゴゴやモモが想定していた遊び方とは違いましたが、本人達が満足しているのなら、あえて水を差すこともないでしょう。むしろ写真を参考に若い姿を再現するなど、更なるゲームの改良や新規の顧客層に繋がりそうなアイデアを仕入れることができました。わざわざゲーム内で聞き取りに励んだ甲斐があったというものです。
『姉さん、我々はこれからファンタジーのほうの視察にも行くつもりですが、良かったらこのままご一緒にどうですか?』
『あっちの世界はお肉料理の種類に特にこだわって創ったのです。せっかくなのでモモがお姉ちゃんにご馳走するのですよ』
『もちろん行くの! ふっふっふ、我の舌を満足させられるかしら?』
一通りの視察を終えた三柱は、休む間もなく次の世界へ。恐らくは最も『ダンジョンワールド』を意識していると思われる、『似十堂』発のファンタジーRPGの世界へと足を向けるのでありました。
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