45.幼い女神の焼肉帝国


 『似十堂』の新作ファンタジー作品『DDドリフトデーモンエンパイア』。

 その大まかな内容は悪魔の軍勢を率いる帝国と、それに立ち向かうレジスタンスの戦いの物語といったところでしょうか。故郷を滅ぼされた主人公プレイヤーは、旅の中で似たような境遇の仲間達と出会って、絆を深めながら悪の帝国に立ち向かっていく……みたいな感じです。

 まあ途中でワケあって帝国側から離反したイケメン騎士や、悪魔の中でも現状に疑問を抱いていた良識派が、仲間NPCとして加入したりもするわけですが。



『こういうゲームの帝国って、何かと悪者にされがちなのよね。何か理由でもあるのかしら?』


『ふふ、そこはまあ一種の様式美というやつで』



 現在ウル達がいるのは、『DDエンパイア』世界で主人公がゲーム中盤に訪れる街の酒場。発売日からほとんどぶっ通しで遊んでいると思しき、熱心なプレイヤーの姿がチラホラと見受けられました。


 このゲームはプレイヤー同士でパーティを組むこともできますが、基本的にはストーリーの過程で加入した仲間NPCと冒険を進めていくスタイル。

 ストーリーの大筋は全プレイヤーで共通であることから、下手をするとあちこちに同姓同名のそっくりさんが何人何十人と歩き回る事態になりそうなものですが、そこは当然手を打ってあります。



『まあ単純に視覚と聴覚を弄って、自分の仲間とは別人みたいに見えるようにしてるだけなのですよ。いちいち別次元をどうこうするより、神力面のコストもだいぶお安めで済むのです』


『地球の学問で言うところの、いわゆる「クオリア問題」の発想を応用した形ですね。AさんとBさんの見ている「赤」は果たして本当に同じ色なのか、みたいなやつです』



 なので、街中で仲間を率いる他プレイヤーと遭遇しても、誰がどちらのパーティメンバーだったか分からなくなる心配は無用です。そもそも仲間NPCの現在位置やステータスに関しては、プレイヤーのメニュー画面で把握できるので、仲間キャラの「取り違え」が発生することはないでしょう。



『あっ、そろそろお料理が来たみたいなの!』


『うふふ、今日はモモの奢りなので好きなだけ食べていいのですよ。まあ、開発者専用メニューのデバッグモードで、ゲーム内通貨を無限に設定してるのですけど』



 今いるのは酒場ではありますが流石にゲーム内とはいえ、なおかつ神様とはいえ、見た目小学生女児の三柱に飲酒をするつもりはありません。『DDエンパイア』は同時リリースの他ゲームと比較しても肉料理の味と種類に特にこだわっており、モモおすすめのこの店は今いる街の中でも名店と言ってよいでしょう。



『わーい、超おっきいステーキなの! ねえねえ、これって何のお肉なの?』


『あえてクイズ形式といきましょうか。きっと、姉さんも味に覚えがあると思いますよ』



 テーブルに運ばれてきたのは、なんと一枚で大判の百科事典ほどもある特大ステーキ。三柱の顔よりもずっと大きいビッグサイズです。



『うーん……美味しいけど、牛肉とか豚肉じゃない気がするの。お魚はもっと違うし、しいて言うなら鶏に似てるような……あっ、分かった。ドラゴンね!』


『ふふ、流石姉さん。我々の世界にいる竜をサンプルとして再現したものです』



 大きいのも当然です。

 なにしろ、本物に限りなく似せて再現したドラゴンのステーキ。

 いくら異世界と交流している現代日本でも、防疫上の観点からワケの分からない魔物肉をなんでもかんでも輸入できるわけではありません。現地に行って食べるにしても、ドラゴン肉なんてそう滅多に出回るものではありませんし、お値段もかなりのものになるでしょう。

 本物に似せて再現したフェイクとはいえ、ドラゴンの味を楽しめるというのは、食いしん坊の日本人に対して大きなアピールポイントになるはずです。もちろん、お米大好き日本人の需要を考えて白いご飯も頼めます。



『そのあたりを本格的に宣伝するのは、もうちょっと経って平均的な攻略速度のプレイヤーがこの街に着き始めたあたりからですね。もちろん、竜以外にも色々と用意していますよ』



 先述のように合法的な手段ではサンプルを日本国内に持ち込めないため、わざわざ『似十堂』のスタッフをゴゴ達の世界に招いて、捕獲した本物と食べ比べながら再現度を高めた逸品揃い。

 ドラゴン以外にもコカトリスやサンドワーム、竜巻に乗って滑空するサメや世界最大最強のナマケモノ。宇宙空間スレスレの高高度をかっ飛んで惑星の反対側に着弾するICBM(大陸間弾道マグロ)。動物園から逃げ出して野生化した野良ティラノサウルス。果ては深海に生息している名状しがたい系のタコのような怪生物まで、珍妙極まるファンタジー生物の味をどれも忠実に再現しています(※拙作『迷宮アカデミア』参照)。

 現地で試食係を務めた『似十堂』スタッフが、最後の試食で1D100の正気度ロールを強いられたのも今となっては開発中の良い思い出です。



『そんなお話をしていたら、またちょっと小腹が空いてきたのですよ。どうです、このまま他の街の視察がてらに珍肉食べ歩きツアーとか?』


『やれやれ、モモがそんなに言うなら優しいお姉ちゃんが付き合ってあげるの!』



 いつの間にやら特大ドラゴンステーキの皿は綺麗にカラッポになっていましたが、食い意地の張った神々はまだまだ満足していない様子。酒場を後にした三柱は、うっかり一般プレイヤーを轢かないように気を付けながら、音よりも速い小走りで次なる街を目指すのでした。



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