35.幼い女神と柔らかい罠
――と、ここまでがゴゴの事情。もう
ゴゴの神殿からモモを祀る神殿までは徒歩数分。
荘厳な気配を漂わせていた石造りのゴゴ神殿に対し、こちらは木造かつサイズも小ぶり。敷地内に占める面積としてはメインとなる建物よりも屋外の庭園のほうが広く、そこでは花や果樹の栽培などしているようです。
神殿に勤める神官達が土に塗れて木花の手入れをしていたり、近隣住民と思われる人々が敷地内を散歩していたり。良く言えば親しみやすそうな、悪く言えば威厳に欠けそうな空間でした。
「これはこれは、ゴゴ神。ようこそいらっしゃいました」
『やあ、どうも神官長さん。アポも取らずに突然押しかけてすみません。モモはいますか……って、聞くまでもないですね』
入口付近には神殿に詣でる人々が列を成していましたが、ゴゴは神様かつ身内の特権で順番を抜かして行列の先頭へ。ここまで連れてこられた『似十堂』社員達も、なんだか申し訳ないような顔をしながらも後に続きました。
最初は横入りに怪訝な顔を浮かべかけた人々や列整理に当たっていた神官も、それがゴゴ神だと分かると一転して笑みを浮かべて頭を下げたり手を合わせて拝んだり、非常に好意的な態度を取っています。
これはモモ神殿に限った話ではありませんが、かの世界においていずれかの女神を熱心に崇める人間が他の神やその信者に対して敵意や隔意を向けることはまずありません。
人それぞれの趣味嗜好や思想や仕事によって特に力を入れて奉じる神は異なれど、なにしろ信仰対象である彼女らは仲良し姉妹。こういう言い方は俗っぽいですが、「最推し」以外についても一定以上の敬意や好意はあるのが普通。言うなれば「箱推し」こそが最大派閥と言えるでしょうか。
さて、そうして下にも置かぬ扱いで神殿の奥へと通されたゴゴと他数名。一般の信者が入ることを許された区画を通り抜けて、建物の最奥にある一室へとやってきました。
「うふふ、あーん。モモ様、お味はいかがですか?」
『あーん……んふふ、苦しゅうないのですよ』
部屋の中央には大きなベッドが置かれ、そこには神官の女性に膝枕をしてもらいながらお菓子や切った果物などを食べさせてもらうモモの姿が。室内にはモモに捧げるための料理や花を手にした神官達が順番待ちをしています。神としての威厳など微塵もなく、思いっきり甘やかされていました。
『やれやれ、モモは相変わらずですね』
『おや? 誰かと思えばゴゴお姉ちゃんなのです、どもども』
ゴゴの来訪に気が付くと、モモはそこでようやく上半身を起こしました。
それまで膝枕をしていた神官女性は残念そうな表情を浮かべています。
この神殿に勤める神官にとって、モモにあれこれと世話を焼いて甘やかすことは至上の幸福にして大事な修行。お世話係の順番は厳正かつ公平に定められており、直接のお勤めが叶うのは月に一度か二度程度。その貴重な時間が損なわれて嬉しいはずもありません……が、流石に神同士の会話に割り込んで抗議するつもりはないようです。
室内に設けられた来客スペースに移動すると、モモが何を命じるまでもなく神官達によりお茶や茶菓子が用意され、そこでようやくゴゴは本日の来訪目的について触れました。
『ふむふむ、ゲーム作りのお手伝いなのです?』
「はい、何卒、モモ神のお力添えをいただけないでしょうか……」
『うーん、とは言っても、こう見えてモモも忙しい身なのですよねぇ』
先程までの甘やかされっぷりを見た限りでは丸っきり説得力に欠けますが、一応これも嘘というわけではありません。
モモが司る権能は『強弱』。
生命や武具の創造を得意とするウルやゴゴに比べたら分かりにくいのですが、その効力と応用幅の広さについては決して前二者に見劣りするものではありません。
以下に例を挙げていくと、
やる気を強める。
怠け心を弱める。
自信を強める。
不安を弱める。
肉体や頭脳の働きを強める。
肉体や精神の痛みを弱める。
良縁の繋がりを強める。
悪縁の繋がりを弱める。
他にも対象となるモノは無数にあります。
モモ神殿に詣でて祈りを捧げるだけで上記のようなご利益を得られるため、他の神をメインに信仰する者でも定期的にモモ神殿に足を運ぶ人は少なくありません。
例外として、他の誰かを何らかの形で弱めて足を引っ張るような願いはモモも叶えないようにしていますが、大抵の人間にとっては自身のパフォーマンスが向上するだけでも十分満足。一見すると怠けているように見えて実際怠けてはいるのですが、これでもなかなか人気がある神様なのです。
『まあ、モモも絶対にイヤってわけじゃあないのです。どうやって口説き落としてくれるのか、お手並み拝見といかせてもらうのですよ』
要するに、適切な対価を提示できるかどうか。
ゴゴはそのあたりの話をせずに引き受けていましたが、本来であれば先に報酬を提示するのが筋というもの。厚かましいようですが決して間違ってはいません。
「モモ神、それでは数日ほどお時間をいただけますでしょうか?」
『うふふ、のんびり待つことに関してモモの右に出る者はいないのですよ』
そして一方的な「お願い」ではなく「交渉」ならばビジネスマンの土俵。
この日はそのままお暇した『似十堂』社員達は、すぐさま日本の本社に連絡。先程のモモの様子を振り返って、彼女が喜びそうな対価を異世界の地に取り寄せたのです。
『あっ……何これ、すごいのです……っ』
「ふふふ、お気に召していただけたようで何よりです」
『あぅ……モモ、ダメになっちゃうのですよ……』
わざわざ地球から取り寄せた『Yogibo』社の通称「人をダメにするクッション」の効果はまさに絶大。独特の柔らかく沈み込むような感触は、モモを一瞬でふにゃふにゃの骨抜きにしてしまいました。かのメーカーの製品は人ならぬ神をもダメにしてしまう威力があったようです。
このフェイバリットお昼寝アイテムの存在を教えてくれた功績と、今後もモモが好みそうな新製品を定期的に献上することを対価として、モモも『似十堂』への協力を約束することとなりました。
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