34.幼い女神への交渉術
何度も何度もしつこいくらいに繰り返してはきましたが、地球において異世界や魔法といったモノが既知の存在となって十余年。そのあたりの過程に関しては、web小説換算でざっと千話分以上もの深い事情があったのですが、まあ今はそれについて気にする必要はありません。
なんやかんやあって異世界との交流が始まった地球各国では、交易や留学や観光など、様々な理由で他の世界との行き来が発生するようになりました。
地球上には存在しなかった未知の金属資源。
現地では使い道がなく放置されていた大型油田。
音楽や絵画や物語といった芸術分野。
未知の食材と未知の調理法からなるグルメなど。
商売のネタとしても単純な好奇心の向かう先としても、まさに宝の山。中世ヨーロッパの大航海時代の船乗り達は、きっとこのような心持ちだったのでしょう。
もっとも人類史の愚行を繰り返さぬように、厳しいルールの制定と相互監視の仕組みによって、地球人類による他世界での略奪や侵略ができないようになっています(逆に、異世界人による地球人への同様の行為も同じように)。
もし、どこかの国や組織や個人がそういった真似をしたのなら、ペナルティとして一定の期間、最悪の場合は永久的に、その国に設置された異世界との通行を可能とするゲートを封鎖されてしまうこともあり得るでしょう。
とはいえ、過度に堅苦しく考える必要はありません。
要は、地球上で他の国に旅行に行く時の延長のようなものです。
互いの文化や価値観の違いを尊重する。
欲しいものがあれば、金銭や労力や物資など正当な対価を支払う。
それらの点さえ厳守していれば、そうそう大きな問題など起こりません。
小さなトラブルは数あれど、様々なルールと多くの人間の日々の努力によって、いくつかの異世界を対象とした交流はこれまで平穏無事に保たれてきたわけです。
◆◆◆
さて、前置きが長くなりましたが本題はここから。
今から半年ほど前、ウルの出身世界のとある街に日本人のビジネスマンが数人ほど訪れました。剣や魔法でモンスターと戦う冒険者がそこらにいるような世界においてスーツ姿の日本人はそれなりに目立ちますが、他世界からの旅行者が今や珍しくないのは地球以外の世界においても同じこと。現地のルールやマナーに抵触しない限りは、基本的には好意的に受け取られることがほとんどです。
「本日はゴゴ神の拝謁を賜り恐縮至極にございます」
『ふふ、そう緊張しなくても大丈夫ですよ。神とは言いますが見ての通り若輩の身……おや、あなた方は日本の方ですね?』
「お分かりになられますか?」
『ええ、顔立ちというか雰囲気からなんとなく。実は、我も家族や友人達と一緒に日本に旅行に行ったことがありまして。秋葉原のゲームセンターで遊んだり、北海道の魚市場でお寿司をいただいたりと楽しい時間を過ごさせてもらいました』
日本人のビジネスマン達、ゲーム会社『似十堂』の社員が訪ねたのは、ウルの姉妹神であるゴゴの神殿。このあたりの対応は神ごとに多少スタイルが違うのですが、七姉妹の次女であるゴゴは人間との交流を好み、こうして面会の希望に応えることもあるのです。
神殿は一見すると真っ白な大理石で出来ているように見えますが、よくよく見ると柱にも床にもどこにも石の継ぎ目がありません。まるで巨大な石の塊から神殿の建物をそのまま削り出したかのような不思議な空間でした。
『ほう、似十堂という会社は知っていますよ。皆さん、ずいぶんと優秀なのですね』
「いえ、その、恐縮です。それで、ですね、本日は厚かましくもゴゴ神にお願いがあって参上した次第でして」
単なる興味や信心で面会を申し込んでくる人間は少なくありません。
長姉のウルが動物や植物など生命の創造に長けているのに対し、ゴゴの得意分野は石や金属など非生物の創造。特に剣のような武器を得手としていることから、剣神の加護を求める騎士や冒険者から特に人気があるのです。
優れた才覚や人格を見込んでゴゴが気に入った相手には、相手に合わせた武具を特別に創造して贈る大サービスをすることもあります。割合としては何か月かに一人出るかどうかといったところですが、その希少性と話題性から世界各地のゴゴ神殿を訪ねる武人の列が途絶えることはありません。
『ゲーム会社の方が我に御用? ああ、なるほど。ウル姉さんの件ですか』
「はい、ご慧眼の通り。お姉様のウル神が『ブイブイゲームス』と開発した『ダンジョンワールド』は素晴らしい! 我が国の、いえ地球のゲーム史を少なくとも百年は進めました。まさに革命です!」
『それはそれは結構なことですね。しかし、その素晴らしいゲームを事実上独占されているのは、ライバルの立場としては面白くない。自分達も後に続くべく、こうして同じ神である我の下を訪れた……で、合ってます?』
「お、お見それしました……!」
剣や槍を手に戦う人間ならともかく、平和な日本から来たビジネスマンが剣神を訪ねてきた理由は、まさにその『ダンジョンワールド』にありました。
ゲーム業界の頂点と自負し、実際にその期待に応え続けてきた『似十堂』にとって、かのソフトの存在は会社としてのアイデンティティを揺るがしかねないほどの破壊力があったのです。
ゲームの世界に入って遊ぶ。
まさにゲーム文化の究極にして到達点。
ゲーム文化が盛り上がるという点では喜ばしい。
が、問題は自分達ではどうやっても同じ高みに至れないという点です。
『似十堂』社内では連日『ダンジョンワールド』の対策会議が開かれました。しかし、どれだけ頭をひねり手を尽くしても、自分達の力だけではどうにもならないという結論になってしまいます。
単に売上だけの話なら大した問題ではありません。
幾多のヒット作を抱える『似十堂』からすれば、『ダンジョンワールド』に多少の話題と顧客を奪われたとしても十分に取り返せる程度。かつての『ブイブイ』のように会社が傾くような心配とは無縁です。
しいて言うなら、これはプライドの問題。
売上や話題で一時的に負けるのは、まだ許せる。
しかし、ゲームクリエイターとして「面白さ」で負けを認めることだけは許しがたい。そういう古風とも言える職人的な矜持が、異世界の神の前にまで彼らの足を運ばせたのでしょう。この「神頼み」こそが、彼らにとって最後の希望というわけです。
『ふふ、なるほど。大変興味深いお話でした。いいですよ、微力ながら我が力になりましょう』
「おおっ、ありがとうございます!」
一通りの事情を聞いたゴゴの判断は、是。
単なる売上競争での勝利が目的ならさしたる興味もありませんでしたが、クリエイターとして面白さでは負けたくないという意地と熱意が彼女の好感を勝ち取ったようです。
『とはいえ、我の力だけで姉さんに勝てるかというと正直厳しいでしょうね。「似十堂」さんの技術や経験を軽視しているつもりはありませんが、うちの姉さんは色々と、こう……すごいので』
首尾よく神の助力を勝ち取った『似十堂』一同ですが、これではまだ五分と五分。確実に勝利するには、更なるひと押しが必要だというのがゴゴの見立てでした。
『ふむ、少しご足労願えますか? ああ、いえいえ、すぐそこの近所なのでご心配なく。ちょっと妹達の神殿に行くだけですので。きっと
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