30.幼い女神の迷宮遊戯


 結論から言うと、カステラ侍嬢の見立ては大当たり。

 ウルのヒントのおかげとはいえ、弱点に強烈な一撃を加えたことで見事にボスの『暗黒魔鳥ハシブト』討伐に成功しました。



『ピィピィ、皆さんのおかげで我が国は救われました。大したお礼はできませんが、どうか王家に伝わる宝物をお持ちくだピィ』



 ボス戦後は首都『バードピア』に戻って女王との会話イベント。

 これで長かったイベントシナリオも本当に最後です。



『我が子も少し見ない間にずいぶんと成長したようです。よろしければ、今後も皆さんの供としてお連れくだピィ』



 そして事前に告知されていた通り、これで今後は移動エリアの制限なくどこでもペットに乗れるようになりました。先程もらった国宝『聖鳥の鞍』を装着すれば乗り心地も一段と良くなるはずです。

 女王との会話を終えると同時に、ペットに乗っている時に全ステータス30%アップの効果がある強力な称号『聖鳥の護り手』を獲得し、これで本当に大型アプデで実装されたイベントは完全攻略となりました。



「いやぁ、これというのも全部ウル様のおかげですよ!」


『ふっふっふ、それほどでもあるの! それで、これからカステラのお姉さん達はどうするの?』


「移動制限もなくなったし、とりあえず地上を巡って新しく行けるようになったエリアの探索ですね。いくつか目星を付けてる場所もありますし。ウル様はどうするんですか?」


『我? 我は今まで通りに遊んでる人にヒントをあげたりとか、動画でゲームの宣伝をしたりとか、あとは会社の人達と一緒に新しいイベントとかも考えてて……っと、今言ったらネタバレになっちゃうから、それは実装されてからのお楽しみね?』


「うふふ、楽しみにしてますね」



 今後も『ダンジョンワールド』には様々な新要素を追加予定。

 それが何かは実際に見てのお楽しみということになりますが、またもプレイヤーの期待を超えてくること間違いなし。開発が順調に進めば遠からずお目見えすることになるでしょう。



 さて、イベント終了を見届けたウルは、『ブイブイゲームス』の会議室に戻ってきました。



『ただいま戻ったの! あんな感じで大丈夫だったかしら?』


「ええ、もちろん。ウルさん、ヒント役お疲れ様でした」


「さっきのボス戦の動画の再生数が凄いことになってるすよ。これならボスのステータス弄らなくても後発組の攻略は大丈夫そうすね」


「初の大型モンスターの評判も上々みたい。今回はボスだけだったけど、これなら次のアプデでは大型モンスターだらけの激ヤバダンジョンとかイケるんじゃない? でね、早速ラフ画を描いてみたんだけど」


「はいはい! 次のアプデの話なら鳥以外もペット出しましょうよ! 新エリアに合わせてデカい魚とか亀なんてどうです?」


「折角だしシーフード系の食い物も今より充実させたいよねぇ。握り寿司は必須として、エスニックなんかいいんじゃないかと。また試食で太っちゃうなぁ」



 ゲームバランスの調整が上手くいっていたと分かり、開発チームの面々もホッと一安心。しかし安心して気を緩めるどころか、ボス戦の熱に当てられて創作意欲が燃え上がってしまったようです。



「こらこら、一度に言われたら纏まるものも纏まらなくなってしまうからね。ちゃんと仕様書にまとめてきなさい」


「ふふふ、逆に言えば企画の体裁さえ整えてくれば、社長権限で大抵の無茶は許容しますよ。もうすぐ海外版のサービスも始まりますし、そうそう、実は競合のゲームメーカーからコラボの話なんかも来ておりまして」



 副社長のタナカ氏が暴走する社員達を落ち着かせようとするも、社長であるコスモスがこの調子では期待薄でしょう。まだ当分は『ダンジョンワールド』の開発熱が治まることはなさそうです。


 そのままの流れで新バージョン実装に向けての企画会議が始まってしまい、会議室には早くも様々な意見や資料が飛び交います。


 どうすればもっと楽しくなるか。

 どうすればもっと多くの人に遊んでもらえるか。

 そのことだけを純粋に考える彼らの顔は、夢中でゲームを遊んでいた子供の頃のような良い笑顔。この調子なら『ダンジョンワールド』は、これからもどんどん面白くなっていくはずです。



『それじゃあ、みんな。また明日もよろしくね!』



 やがて本日の勤務時間を終えると、喫緊の業務が残っていない者はタナカ氏に促されて渋々帰宅させられました。

 ウルも今の住処である都内の高層マンションへと、会社前の道路から飛行機を見下ろすような超々高度まで跳躍してひとッ飛び。もう少し明るい時間帯であれば、あえて電車やバスを使ってのんびり移動するのも嫌いではないのですが、すっかり日の落ちた時間に一柱ひとりで外をうろついていると補導なり保護なりされそうになって面倒なのです。





 そうしてウルが帰宅してから更に数時間後。

 もうそろそろ日付が変わりそうな深夜のこと。



「やあ、ウル君。私がただいま帰ったよ」



 ウルの保護者兼同居人である人物も帰宅してきました。

 二十歳前後の若い女性。癖の強いハネっ髪を腰のあたりまで伸ばしており、全身を海外ブランドのスーツ姿で固めています。



「まったく、あの教授連中め。魔法理論の講義を終えたら近場の美術館に古刀でも眺めに行こうかと思ってたのに、ぞろぞろ集まって来て質問攻めにしてくれちゃって。学者って生き物はどこの世界でも似たような連中らしい……っと。なんだ、もう寝てたのかい?」



 怒涛のごとく言葉を投げるも、ウルはもう寝室のベッドの上でぐっすり眠っていました。愚痴のフルコースをお見舞いしようと思っていた目論見が外れ、同居人女史は肩透かしを食ったような顔をしています。


 ウルはベッドの上にスケッチブックを広げ、寝落ちするまでクレヨンで絵を描いていたようです。紙の上にはウル自身と思しき姿や、大きな鳥に乗って飛ぶ人々や、恐ろしげなモンスターが描かれていました。


 今後のゲーム開発のイメージボードというわけでもなく、ただ単に描きたかったから描いたというような印象です。しいて言うなら絵日記の文章抜きといったところでしょうか。

 お世辞にも上手い絵とは言えませんが、よっぽど夢中になって描いていたのでしょう。手や顔にまでクレヨンの色が移ってしまっています。


 そんな寝姿を見ていたら、毒気も抜かれてしまうというものです。



「やれやれ。おやすみ、ウル君」


『……んにゅ』



 すぅすぅと寝息を立てる幼い女神を起こさぬよう、同居人女史はそっと寝室の電気を消して、部屋を後にするのでした。


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