29.幼い女神のボス戦配信


 そして呆気なくボスは倒されました。

 いえ、空中戦艦で待ち受けていたボス『ハシブト帝国皇帝ハシブト七世』も、決して弱いわけではないのです。


 全長10メートルものヒトとカラスの特徴が合わさったような姿。

 背中の翼をはためかせて強風を起こしてプレイヤーを吹っ飛ばしたり、ボス部屋全域に鋭い切れ味の羽根を飛ばしてほとんど逃げ場のない範囲攻撃をしてきたり。鋭利なカギ爪やクチバシによる近接攻撃も、直撃すればきっと大ダメージになっていたはずです。


【なんか、ボス弱くね?】


【弱いというか場所が悪いというか】


【まあ、ここじゃ飛べないもんな】


【取り巻きの親衛隊も思いっきり範囲攻撃に巻き込まれてたし】


 カステラ侍嬢の配信を観ていた視聴者からも、このようにボスの敗因を分析するコメントが続々と届いています。その内容は概ね正解と言えましょう。

 

 なにしろ飛行能力が売りの鳥系モンスターだというのに、戦うのは狭い戦艦のボス部屋。巨躯の『ハシブト帝国皇帝ハシブト七世』の頭スレスレの高さに天井があるのです。

 ちょっとジャンプしたら頭をぶつけてしまうでしょう。空を飛んでプレイヤーを翻弄することなど、できるはずがありません。


 一方、プレイヤー側にとっては、この適度な狭さが有利に働きます。

 ここまでのダンジョン攻略ですっかり慣れた、壁や天井を足場として活用する立体的な戦い方にうってつけの状況。狭すぎてマトモに身動きできないボスを翻弄する条件は最初から整っていました。


 ボスである皇帝以外にも、親衛隊であるエリートカラス兵が一斉に襲い掛かってきましたが、飛行能力を十全に発揮できないという点は一緒。それどころか、手近なカラス兵を羽交い絞めにすることで、ボスの広範囲攻撃の盾として使われる始末です。



「えっと、これで終わり?」


「なんか拍子抜けっていうか……」



 ボスを撃破したカステラ侍一行も、大型シナリオの最後のボスをあっさり倒せてしまったことに、かえって戸惑いを覚えているほどです。



『クァァ……ニンゲンめ、よくもやってくれたのう……』



 ですが、そこはご安心を。

 思ったより圧勝できてしまうことまで含めて開発チームの想定内。



『最早、聖鳥王国など要らぬ……貴様らは余の真の姿をもって八つ裂きにしてくれるわ! カァァァァ!』



 ボスに第二形態があるのは、ゲーム作品ではお約束でしょう。

 瀕死の『ハシブト帝国皇帝ハシブト七世』が全身から眩い光を放ちつつ甲高い声で吠えると同時に、『空中戦艦クロバネ』が爆散。爆発の勢いで吹っ飛ばされたプレイヤー達は足場のない空中へと放り出されてしまったのです。



「えぇぇ、自爆!? 来て、『ピースケ』!」


「出てこい、『スナギモ』」


「カモンッ、『チュンタ』!」



 とはいえ、ここまでの空中ダンジョン攻略でペットの扱いには十分慣れています。空中でも慌てず騒がず、愛鳥の名前を呼んでメニュー画面から呼び出せば、この通りまるで問題ありません。

 吹っ飛ばされた際の衝撃は凄まじいものがありましたが、HPへの影響はないようです。特に回復する必要はないでしょう。


【うわ、なにあれでっか……】


【流石にあれはデカすぎ】


【さっきの皇帝が変身したやつ? これもう怪獣じゃん】


 なので、問題があるとすれば目の前の巨大モンスター。

 皇帝の第二形態である『暗黒魔鳥ハシブト』に違いありません。


 先程までは鳥類の要素を取り入れた人型といった姿をしていましたが、今は完全に鳥の姿に寄っています。頭に金色の冠を乗せている点だけが先程までの名残りでしょうか。

 その全長は優に40メートル以上。

 漆黒の両翼を広げた長さは100メートルに達するかもしれません。

 しかもボス部屋という限られた空間に縛られていたさっきまでと違い、今は広大な空を自由に飛び回ることができるのです。



『ガアァァァァァッッ!』


「いやいやいや、無理でしょコレ!? 第二形態にしたって、ちょっとやりすぎっていうか……ピースケ避けて!」



 あまりにスケール感の違う真の姿を前に、カステラ侍嬢達は愛鳥に指示を出して必死に逃げ惑うばかり。とても反撃など考える余裕はありません。


 しかし逃げに専念したとして、果たしていつまで持ち堪えられることやら。『暗黒魔鳥ハシブト』が巨大な翼を一振りすると、空域一帯に巨大な竜巻がいくつも発生。突っ込めば大ダメージを免れないことは一目瞭然です。



『うーん、落ち着いて観察すれば何とかなると思うんだけど、この感じだとちょっと厳しいかしら?』


「やっぱ初見じゃ厳しいすよ。俺らもテスト中に十回くらいやられてから、ようやく気付いたくらいだし」


「つっても、今からいきなり弱くすんのはマズいでしょ? 上手くヒントでも出せればいいんだけど」



 そんな姿を『ブイブイゲームス』社内にいるウルや開発チーム一同も、心配そうに見守っていました。創造神であるウルがちょっと権能を行使すれば、今からでもボスを弱体化させることは可能です。

 しかし、プレイヤー達が逃げ惑っている状況で、ロクにダメージも受けていないボスがいきなり弱くなるのは如何にも不自然。ウルとしても、そういう直接的な干渉はなるべく避けたいところです。


 ならば、開発側としてはどうすべきか。



『なるほど、ヒントね! それじゃちょっと行ってくるの』


「うっす、お願いします」


「ウルちゃん様が直接倒しちゃダメっすよ」



 次の瞬間、ウルの姿が会議室から『ダンジョンワールド』上空へと移動。そのまま両腕を長大な翼へと変形させて羽ばたかせ、『暗黒魔鳥ハシブト』と戦闘中のプレイヤー達のすぐ目の前へとあっという間に飛び出してきました。



「えっ、ウル様!?」


『うん、我よ! 待たせたわね、アレを倒すヒントが欲しい子はこの指と……って飛んでたら止まりにくいかしら。カステラのお姉さん達、ヒントは要るかしら? それとも自力でクリアしたい?』


「はい、はいはいっ! なる早でヒントお願いします! 皆もそれでいいよね!?」



 ウルはプレイヤー達からゲームのお助けキャラのように認識されています。これまでにも多くのプレイヤーが何度も助けられていますし、攻略のヒントを聞くだけならズルをしたというような後ろめたさも然程ありません。


【ちゃん様来た!】


【勝ったな(確信)】


【むしろウルちゃんが戦うとこ見たいんだけど】


【がんばえ~】


 配信ページのコメント欄もウルの登場に大盛り上がり。

 彼女がここぞという場面で登場することまで含めて『ダンジョンワールド』の仕様だと思われているのかもしれません。



『えっとね、みんなは背中を見せて逃げてたから気付いてないと思うんだけど、このボスは攻撃する時とかダメージを受けた時に冠がちょっとズレて頭が見えるの。それがヒントなのよ』


「弱点とか、かな? ウル様、ありがとうございました!」


『うん、それじゃ我は手を出さずに見学してるから頑張ってね』



 注視すべき部分さえ分かれば、あとは簡単……とはいきませんが。

 竜巻に巻き込まれて吹っ飛ばされ、愛鳥の高速飛行について行けずに空中へと投げ出され、巨大な翼に叩かれながら、それでも都度アイテムや魔法でHPを回復しながら『暗黒魔鳥ハシブト』の冠を観察していきます。



「見えた! 冠の下に……目!?」



 何度目かの接近時に、ようやくウルのヒントの意味がはっきり分かりました。魔法攻撃を受けたボスが僅かにのけぞった瞬間、金色の冠が揺れ動いて、その下の頭頂部に大きく真っ赤な三つめの眼があるのをカステラ侍嬢が目視。それが本当に弱点なのかどうかの確信はまだありませんでしたが……。



「一か八か、どうせこのまま削られるならっ……ああぁ!」



 愛鳥に指示を出してボスの頭上に移動。

 そのまま空中に身を投げ出すと、落下の勢いと全体重を乗せた大太刀の突きを第三の眼に深々と刺し込んだのです。


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